東京の日常を表現していたブログですが、最近は東洋医学、文化、文明などについて思ったことを書き連ねています。


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世界の巨大なチラシの裏側(facebookをちょっと使ってみて思うこと)

子供の頃、チラシの裏に落書きするのが好きだった。とは言っても絵を描くのが全くの苦手なので、勝手な言葉ばかりかいていた記憶がある。

中学校に入ってギターを始めた。心のわだかまりはギターで発散した。下手くそだったけど、叫ぶように歌った。高校に入ってもギターを弾き続けた。ギタリストになりたかった。そのためにNYにまで行った。
あの頃、暇さえあればギターばかり弾いていた。それだけ発散できていたんだろう。あらゆる物は自分の中だけでほとんど解決していたから、精神的に自立できていたんだとおもう。
小説を書き始めたのもその頃だった。書きたいことはたくさんあった。書きたい、という意欲だけが空回りして、ろくに書き上げられなかったし、内容だって文章だって稚拙だった。それでも、書いた。たまに書き上げては、文芸雑誌の新人賞に応募した。一次選考すら通らなかったけれど、それでよかった。
友達なんていなかった。高校に入って一年間は、思春期で家族とも話さなかったが、友達と話すことなんてそれよりも少なかった。一言も喋らずに家路につくことなんて珍しくもなかった。
それでも精神衛生的に無事でいられたのは、音楽や文学があったからだろう。
今ではその二つに加えて、写真や短歌などの芸術で自己表現に励んでいる。つい最近まで、発表の場は写真展とか、歌会とか、その程度の物だった。気軽に第三者が見られるものではなくて、同じ趣味の仲間同士、あるいはごく近しい間の人間関係だけでほとんど完結してしまうものだった。表現する自分と、鑑賞する相手と、それぞれの顔が見えた。それは一対一のコミュニケーションであって、決して自分中心の視座から放射状に無差別的に投げられたものではなかった。

『アサッテの人』で芥川賞を受賞した諏訪哲史氏は、三年前に行われた「文學界」誌上の座談会で、こう発言している。
五十年の間に、日本では近代文学が死んだなんて言われ(中略ー引用者)、少なくとも日本においては、二〇〇八年現在、ちょっと暴論かもしれませんが、「読者」が死んでしまったんじゃないかという気持ちが僕にはあります。
(中略ー引用者)
僕が最後に考えたのは、この先、自分だけが読みたい小説を万人が自分自身の手で書いていくという時代……「国民総オナニズム時代」が来るかもしれない、ということです。(中略ー引用者)自分が書いたものしか読みたくない、自分が書いている現在がこの世でもっとも快い読書時間だという自慰の時代ですね。この書くことが即読むことであるという事態は、一人カラオケに酷似していると思います。歌う(書く)イコール聴く(読む)というある種の自己陶酔で、もう起きてることなんじゃないでしょうか。
作家が作家たりうるのは、こうした書くことの恍惚から距離をとって、自分の手で書かれたものに対して別個の醒めた目でそれを読み返して、自己批評、自己批判することができるからだと思うんです。


ブログを始めとする個人主体のメディア、あるいはSNSによって相互発信されている情報膨大な数のメッセージの多くが、「かけがえのない私がここにいるって、光を発したいんですよ(上原隆『雨の日と月曜日は』)」。そんなことを語っているように見える
あるいはそこから発信されている情報ーー発信している本人は、それらを芸術と呼ぶかもしれないーーは、自分の作品、思い、あるいは自分自身の価値を誰かに認めて貰うために、発しているようにも見える。

三浦雅士は『批評、または私という現象』でこう書いている。
「思考の起点を自己におくのは、したがって一つの転倒である。むろん人間は転倒から考えはじめるほかない存在であるといえるだろう。しかい、自己を自己として意識すること自体、すなわち自己という現象を生きること自体がそのまま社会的なことであるという事実を忘れてはならない」

その先にある、SNSにおける人間関係を適切に分析しているのが小池龍之介だ。『考えない練習』にこう書いている。
「コメントを書いてくれているかすぐわかるので、誰かに確実に見てもらえていて、受け入れられている、幸せだ、という幻影を味わうことができます。そのため、SNSに参加する人の数は、ほんの一、二年の間に爆発的に増大しました。
しかし、それを得るためには、自分も友達の日記を読んで、コメントを返さなくてはいけないという暗黙裡の交換条件がつきます。
登録友達の数が増えれば、何となく友達が増えたような錯覚に陥りますが、その数が多ければ多いほど、自分の負担も増えることになります。
自分も日記をつけないといけない、さらに誰かの日記をきちんと読んでコメントをつけなくてはいけない。しかも、相手の書いていることが、自分に全く興味のないことでも、「興味がない」という本音は書けないので自分の気持ちに嘘をつくはめになり(後略ー引用者)」


そうやって近年発達しているそれらのツールを使ったとしても、そこから得られる幸せを小池氏は「幻影」だと言い切りました。単に自分の幸せを(しかしそれは幻影だが)味わうためにほめられているにすぎないのだから。
歌会に行くと、歌については鋭い指摘がなされます。そうして上達するものです。あるいは私は喫茶店で写真展を開くので、一般のお客さんも来ますが、いい写真にはそういった方からもお褒めの言葉をいただきますし、反応を見ていると、写真に対しての興味や感想をうかがい知ることができます。そういう状況の中で笑顔でお褒めの言葉をいただいたときというのは、この上ない幸せです。
でもネットで発表したからといって、必ずしも本当の感想が得られる訳ではない。諏訪氏のいう一人カラオケに似た恍惚プラス、他人からの評価による幸せ(しかし幻影です)。だから一時的な幸福しか得られない。写真や何かを発表したところで、腕が上がる訳でもなんでもないのです。
これは前に述べた標と本の話に繋がります。東洋医学の疾病観からみれば、標を治したところで、本を治さなければ、また同じ症状が起こります。同様に、ネット上でも、褒められても褒められ続けなければ満足することはないでしょう。肩たたきしたって、一週間後にはもう戻っているのと一緒です。

真木悠介『自我の起源』にはこう書いてあります。
「個体を自己目的として立ててみるかぎり、その生きることの『目的』はただ歓喜を経験することにある。そしてこの歓喜のすべては、同種や異種の他者たちの性や生殖の道具とし対象としメディアとし自己を放下することにしかないことをみてきた。性がそうであり、ジャンヌ・ダルクがそうでり、マザー・テレサがそうであり、<花の下にて春死なむ>という自己肥料化がそうである」

ただ自分を喜ばせるために、人は自分を発信するのでしょう。そうして自己陶酔を得ます。
ありがたいことに(そうにちがいない)、現代のこの飽食の世界には、自分を喜ばせてくれるツールが、一生かけても足りないくらい存在しています。だからずっと、目の前の喜びだけを追い続けていたら、それだけで充実したまま人生を終えることができるのでしょう。
でも、たとえば肩こりの原因がストレス、姿勢、荷物、その他にたくさんあるだろうけどそれら原因を特定させずに、ずっと肩たたきマシンみたいなもので肩こりをとり続けているような人生ってどうなんでしょう。
本質を見なければいけない。本質は、あるいは本音は、SNSにも、ブログにも、個人のホームページにもない。本質は、いま、ここ、にある。人間と人間が互いの顔を見てコミュニケーションする、そこに存在するのだ。


私もいずれこのブログをやめようと思う。でもここでやめてしまったら、このますますオンライン化していく社会に対する戦いも、途中で終わってしまうことになる。ある程度の成果を残すまで、このブログは続けます。写真や短歌はそのためのつなぎであって、読者を釣るえさでもあります。きっと。
人間の生き方を変える革命家になりたい。ゲバラは生き方の模範だったんだ。

長くなりましたが、読んでいただいてありがとうございました。
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by s-a-udade | 2011-02-16 01:14 | 日常