東京の日常を表現していたブログですが、最近は東洋医学、文化、文明などについて思ったことを書き連ねています。


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バングラデシュで思ったこと

バングラデシュから帰国してそろそろ二週間が経つ。日常の引力の大きさには敵わず、結局は行く前と同じ生活を私は送っているのかもしれない。

帰ってきてから、よく友達に、どうだった、とか、楽しかった、とかって訊かれるのだけど、その度に答えにつまっている。
私は行って本当に良かったと思っているし、バングラデシュで過ごした時間はとても楽しかった。それは間違いない。
しかしそこで楽しかったよとか良かったよとひとつに答えたくない気持ちもある。
なぜなら私には得たものと後悔があったから。でもまだ、それを語るときではないと思っていた。
しかし語らぬまま今の思いが消え失せ記憶から遠く離れてしまうことを考えると、今日ここに記しておこう、と決めたのだ。

私はバングラデシュで、観光客としていろんな見所を探して見て回ったりとか、地元の人に声を掛けられて喋ったりとかして、随分と楽しい思いをさせてもらった。旅行者としては満足している。とても良い旅だったし、同じ趣味の人がいたらこの国を勧めたいと思う。それだけ楽しい時間を過ごすことができた。その理由を挙げればきりがないけれど、たとえば外国人にとても興味を持って接してくれるところ。鬱陶しいと思うところもあるけれど、概して親切で、少し恥ずかしがり屋だけどフレンドリーなバングラデシュ人は、少し会話を交わしただけでも楽しい時間を提供してくれる。滅茶苦茶な英語を駆使していろんな事を訊いてくる。私には楽しかった。それが嫌という人もたくさんいるだろうけれど。
町を離れればまだ自然は残っているし、車窓やバスから見る景色は水と緑に溢れている。日本にはないすばらしさである。
だけど、やはり、というか、町を歩けばストリートチルドレンがいて、物乞いのために手足を切り落とされた人々がいて、熱い油を掛けられて全身火傷した子供がいて。その裏にはレンタルチャイルドのビジネスやマフィアが絡んでいるという事実がある。私はそれを、旅立つ前に石井光太さんの書いたいくつかの本で読んでいた。だからこそ彼らを直接見て、その現状について考えなければならなかった。
そうはいっても、バングラデシュに着いてしばらくは、群れるストリートチルドレンの、そのかすれた声や汚い身なりやしつこさを酷く不快に思い追い払ったものであった。
しかし、彼らはそうして何とか誰かにお金を恵んでもらって、やっと一日分の食事にありつけるかありつけないかのギリギリの生活を送っているのだ。もし私がお金を払わなければその日の食事を摂ることができず飢えるかもしれないし、女の子は一日の食事の為に身体を売らなければならないかもしれない。一日生き延びられたとして、その一日がその人たちにとって何のためになるのか私には分からないし、あるいは辛い人生を徒に伸ばすだけになるのかもしれない。だけど私は、もし一日生き延びられたとして、その次の一日で世界が変わったら、と期待せずにはいられなかった。彼らが明るい未来を見ることができるなら、一日でも生き延びてほしい、あるいはその希望を持って少しでも長く生きて欲しいと思った。
バングラデシュの人口は1億5000万人。そのうちの約半数は一日に1.25ドル以下で生活しているのだという。もちろんその中には一日に0.5ドル以下で生活している人も含まれている。贅沢を言わなければ食事など一食20円くらいでできてしまうのである。私の恵んでやる5円が、私にとって多少の金額でも彼らにとっては一日の食事にありつけるかどうか、本当に大きな金額なのだ。それを、不快だとか愉快だとかって追い払って見捨ててケチってしまっていいのか。私はその行動を酷く羞じて後悔した。私に救える命があったのを見捨てたのだ。たんに一時の不愉快だと思う醜い感情のために。自らの偽りの快適さのために。そんな小さなお金、小さな事をケチっている人間が世界を変える人間になどなれるわけがない。見捨てる代わりに、より多くの人を救えるなら、見捨てたかもしれない。でも私が見捨てる代わりに得た物などない。ただいなくなってくれて良かったという単純で卑劣極まりない感情だけである。確かにこの状況を変えなければいけないとおもう。変える事に比べたら恵んでやることなどごくごく小さな事だ。だけど今私にできることなど、恵んでやる以外にない。他にもっと大きな事をできる人間だったなら、私は・・・・。

バングラデシュはかつてアジア最貧国と言われた。ジョンレノンなどによる救済コンサートが行われたりだとか、先進国やNGOの支援を受けている。
日本もバングラデシュには多額の支援をしてきた。そのお金で学校が建ち、病院が建った。(病院に最新の設備があるが使える医者を育てる環境がないという批判は、今回の話題には直接関係ないので無視する)そして高級なホテルが建ったりとか、町が整備されたりとか、国民の生活のレベルが上がったりとか、道路ができたりとか。様々な恩恵があった。
でも一方で、外国人がいるような高級住宅街にストリートチルドレンがいて、彼らに喜捨を求めたりとか、そういう事実は消すことはできない。最下層は最下層から脱する事はできない。その裏にはマフィアがいて、マフィアに頼ることしかできない悲惨な現実もあり、マフィアと物乞いだって持ちつ持たれつの関係をするほど彼らが救えない現状にあるという事実もある。這い上がろうとしても落ちていくばかりである。まさに蟻地獄のような生き様である。
日本はバングラデシュに今までいろんな支援をしてきたけれど、残念ながらそういった最貧困層に属する人達を救った訳ではない。ある程度の生き方ができている人達の、全体のレベルを上げただけに過ぎない。

そして私もそれを解決する方法を思いつかない無力な人間である。

帰国してから、折に触れてはどうしたら変えられるのか、救えるのだろうかとずっと考えているが、未だに答えは出ない。まだ私には知っていることが少なすぎるのも一因だし、単に無能な人間であることも災いしている。
こんなとき、チェだったらどうするんだろうか。チェだったら、この現状を見てどうしようと思うんだろうか。
ゲバラさん、あなただったらどうするんですか、と訊きたい。
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by s-a-udade | 2011-08-29 23:18 | 日常