東京の日常を表現していたブログですが、最近は東洋医学、文化、文明などについて思ったことを書き連ねています。


by s-a-udade

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
写真
日常
食べ物
お知らせ
短歌

その他
東洋医学
未分類

外部リンク

以前の記事

2014年 03月
2014年 02月
2013年 08月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月

お気に入りブログ

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

人気ジャンル

ブログパーツ

ファンデーションの歴史

最新の記事

お引っ越ししました。
at 2014-03-13 14:47
航空会社別シートピッチ一覧 ..
at 2014-03-08 16:01
『ハンナ・アーレント』再考 ..
at 2014-03-05 13:42
HIV/AIDSに関するアン..
at 2014-03-03 00:38
普遍化する「未病」、誰もが病..
at 2014-03-01 18:52

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧

なんとなく今日思ったこと・・・夢とか、目標について。

あまりに肥大化した社会、人一人の存在があまりに小さすぎるのだと思う。
どこに行っても知らない人ばかりである。生活という場の中で、あるいは買い物、あるいは仕事という環境でそのほとんどが知らない人との関わりだ。逆に自分という存在も考えてみたとき、単に会社という組織に属する一人であったりとか、つまり自分がいてもいなくても一緒。代わりに他に誰でもいて、自分の社会に占める役割がわからない。ただ社会の一員という言葉で自分の存在意義が示されているだけで、そこに自覚はない。江戸時代なら士農工商と身分があって武士は公務員だとか、農民は食料を作る人だとかって役割があったし、生活の場で出会う人というのはほとんどが知っている人だったから、社会に置いて助け合うとか分業だとかという形で自分の役割もしっかりしていた。
いま、人一人の存在があまりに薄まったなかで自分の本気でやりたいことだとか、夢や目標っていうのを見つけるのは難しいことだと思う。それぞれの仕事に意義を見いだすのはむずかしい。
一方で夢や目標なんか見いだせなくても十分に生きていける社会を作っているのが教育だ。私には教育は画一の人格を作り出すためのシステムにしか見えない。はみ出た者が淘汰されて「真面目」な人間、与えられた課題をこなすことが出来るだけの人間を育てる。そして社会に出ればただ歯車の一つとして動くだけだ。
そんな無味無臭の人生に、なんとか希望を与えてくれるのがメディアであり、インターネットであったのだと私は思う。言ってしまえば、やりたい事なんかみつからなくても、テレビさえ見ていれば一生暇つぶしができる。
でもそんな人生が有意義だとも思わない。やっぱり社会の中でちゃんと自覚をもって働くことが豊かな人生をつくるのだとおもう。自覚。これって難しいですよね。私は幸いにもやりたい事を見つけられたし、社会的な意義も在ると思うけど、それをたまたま見つけられたことがえらいとは思わないし、ちゃんときっかけがあったからという理由に過ぎないと思う。真面目に将来も考えていて、でも夢や目標を見つけられない、っていうのも正直だし、私はいいと思いますよ。常に疑問をもって生きていよう。
[PR]
by s-a-udade | 2011-11-12 22:05 | 日常