東京の日常を表現していたブログですが、最近は東洋医学、文化、文明などについて思ったことを書き連ねています。


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生きているうちに死について語ろう。

なんとなく、死について話すのがよろしくない、みたいな風潮があるように思う。
例えば旅行の前なんかに、「もし生きて帰れなかったら」と言ったり、病気したときに「このまま死んだら」と言ったら、「縁起でもない」みたいな言い方をされてしまったり。
でもさ、それで死ぬって事は十分にありうるじゃない?死んだらどうするのよ。って思うんだよね。死ぬ前に死にちゃんと向き合って考え、人と意見を交換することで死に面して後悔の少ないように死ねると思うのだけど。
でも明日死ぬかもしれないじゃない、にんげん。
だから、毎日の生活の中で、人と関わっていく中で、死というものを遠ざけずに自分の現在の問題として考えることが必要なのではないかな。
どう死ぬかっていうことはどう生きるかっていうことの重要な一部だと思うんだよね。それから目を背けては生について考えられないと思うし、
明日にでも来るかもしれない死を考えることで、一日一日を大切に生きて充実されることができるんじゃないかと思っているんだ。
死について語ることがされていないから、死を考えると陰々滅々としてくるのだと思うし、もっと生きてるあいだにこうしてあげたらよかったなんて後悔も少しは減ると思うんだ。話せば生きる事が見えてくる。

私の個人としては、長く生きる事が幸せだとは思っていなくて、毎日、一日をおろそかにせずに充実させることが幸せに死を迎えるまで生きる事をつくるのではないかと思っているんだ。だから明日死んでも後悔がないように生きるのだ。

死について語ろう。友達でも恋人でも家族でもね。自分の死は自分でしか責任取れないもの。
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by s-a-udade | 2012-03-25 00:39 | 日常