東京の日常を表現していたブログですが、最近は東洋医学、文化、文明などについて思ったことを書き連ねています。


by s-a-udade

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
写真
日常
食べ物
お知らせ
短歌

その他
東洋医学
未分類

外部リンク

以前の記事

2014年 03月
2014年 02月
2013年 08月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月

フォロー中のブログ

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

ファンデーションの歴史

最新の記事

お引っ越ししました。
at 2014-03-13 14:47
航空会社別シートピッチ一覧 ..
at 2014-03-08 16:01
『ハンナ・アーレント』再考 ..
at 2014-03-05 13:42
HIV/AIDSに関するアン..
at 2014-03-03 00:38
普遍化する「未病」、誰もが病..
at 2014-03-01 18:52

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧

カテゴリ:日常( 39 )

何のために学ぶのか?

学校が教えてくれた一番のことは、学校は何も教えてくれないということだったと思う。

でも、同時に自分から目的意識や意欲を持って取り組めば学校の中で自分の求める以上に学ぶこともできると思う。たぶん。

私は一応自分の意思と資金で大学に入って勉強したかったので、たまに口開けて待ってるだけの癖に学費高いのにとかぼやいてる奴とか見るとこいつ頭おかしいんじゃねえかとか思うし、いつも後ろの方で授業聴いててテスト前になると焦り出す奴とか見るとわりと猛烈に腹が立つ。(専門学校時代の自分に思い当たる節があるので偉そうなことは言えないけどね。) 同様にとりあえず大学入って評価のためにとか目的意識もなくただ勉強やってるだけの奴も終わってると思うけど。

でも幼稚園から高校まで勉強すること自体が目的になってる中で、自分の勉強する意義を見つけるのはむつかしいとおもうし、とにかく大学行かないと生活とか就職とかの面で不自由だからという心配も仕方ないと思う。
学校って工場みたいなもので、子供を入れると社会が求める形に成形して送り出す。個性とかは求められていなくて、均質さとか従順さが目標。誰かが作った<自由>の枠の中で放牧されてるみたいな。
そもそも子供とは育てるものなのか?子供は自ら育とうとするのではないのか。その可能性の芽を教育が摘んでしまっているように見える。つまらない枠の中に無理矢理子供達を押し込めている。

自分が何をやりたいのか、っていう簡単な問に答えられなければちょっとまずいと思うんだけど、それを見つけさせてあげられない学校もおかしい。子供達の世界から出たことがない教師が教壇に立っててさ。たとえば法学部に行って政治を勉強したい、とか、嘘つくなよって思うもん。公立図書館で勉強するのと何が違うの。
自分の夢を訊かれた時、職業でしか答えられないのはさみしい。
自分の夢を一つしか答えられないのもさみしい。

でもさ、たとえば買い物一つ見たってもう八百屋のおっちゃんに旬の野菜の話聞きながら献立考えることもなければ魚屋のおっちゃんにどうやって味付けしたら美味しいよとか教えて貰うなんてことはない。社会のなかで自分たちがどうやって人と関わってて自分がどの立ち位置にいるのかなんて全然見えてこない。そんな中で自分の夢を探せる訳ないんじゃないか。

そうなると本の中で見かけたアジアやアフリカの貧困層の子供達になにかしたいみたいな、妙に嘘くさい話になるのも仕方ないような。もちろんそれも立派な話なんだけど、社会貢献とかは後でいいんじゃないか。学生のうちに好きなことやって自分の軸を作って行く方が先ではないのか。それでボランティアやった話を就活でして良い経験したような気になってるのはだいぶ順番が違うんじゃないかと思う。
海外行って何かがしたい、とか、何かって何よ。そういうの鶏が先か卵が先かみたいな話だけど。

大学なんてタコツボみたいでオタクばっかり育っていくじゃないですか。タコツボの中にいたらジェネラルな発想は出てこない。ましてリベラルアーツやってる訳でもない日本の大学で、卒業したら忘れてしまう知識ばっかりつけて。でも日本の社会はオタク:スペシャリストばかりに頼りすぎなんじゃないか。だから原発事故みたいなのが起きる(もちろんそれだけが原因じゃない)。
一つのことに没頭して周りが見えてないアホばっかりの世界に光をもたらすのがジェネラリストであってほしい。反省も思いやりもない科学が戦争を悲惨にし地球を住みづらい場所に変えてしまったが、生と行動に関与する生命哲学の確立して新しい時代を作っていく、そんな地球全体の教育が求められているように思います。
[PR]
by s-a-udade | 2013-08-19 09:15 | 日常

荒木がやりたいこととは何なのか、それに対する一つの答え

"You should be the change you want to see in the world"
「自分が見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい」マハトマ・ガンディー

自分のステータスを初対面の人に説明するのが難しい。面倒である。(だから合コンが嫌い)
だいたい「専門学校出たけど、もうちょい勉強したかったから大学入り直して今一年生だよ」と適当に誤魔化しているが、専門で何勉強してたの、って訊かれると鍼灸、あのっ、はりきゅうを....で大学で何勉強するの?何学部?教養学部で.....まぁまだ専攻決めてないんだけど...一応人類学とか哲学、東洋哲学とか興味あるかなぁ...で将来は何したいの?
と、非常に面倒なのである。大体訊いた方も適当に切り上げたいのだろうしどうしてもちょっとは真面目な話するフンイキになってしまうので初っぱなからそれじゃやってらんないのである。
教養学部と言ってんのに「先生になるの?」とか言われたらなおさら面倒である。大学名言ったら神父さんに....もういいや。
合コンに行ったってナウなヤングたちはそんなことに興味ないので別次元の人だと思われてそこで試合終了なんだもの。

まあでもともかく、私は友達には恵まれている(と思う)し、ある程度の年齢以上の人なら相手に余裕もあるし私も話しやすいので、ちゃんと説明しようとする。
けど上手くまとまらないんだなぁ。


高校を辞めた理由をいま話しても全部後付けになる気がする。
けど大学に行くなんてくだらないと思ってた、偏差値で大学決めて、なにか勉強したいことがあるわけでもないのにそれっぽい理由付けて、みんな馬鹿じゃないの、と思ってたけどまわりはみんな大学に行くために真面目に勉強してるし、そういう場所は居づらかった。
そもそも大学出て社会に出てそれなりに出世して、そういうのがぜんぶ無意味に思えた、人生にはもっと大切なモノがあるって。それに気付かせてくれたのは小笠原やそこで出会った仲間だった。旅が教えてくれたことは学校が教えてくれたことよりずっと面白くて実用的だった。そんときは音楽に没頭していたので、単純に音楽をやりたいな、とか思ってた。

だからといって高校を辞めてもやることもないし、しばらくする内にミュージシャンになりたいとかいう夢もなんか違うぞって事に気付いて帰国した自分。

そんなときに旅先で出会ったのは鍼灸であり、東洋医学だった。

みんなが上を見て歩いてる世界で息が詰まるけど、そうじゃない生き方ってあるんじゃないの、って教えてくれた。東洋医学は東洋哲学とくに老荘思想と関わりが深いので。
社会に出てそれなりに出世して生きるっていうなんかファンタジーみたいなRPGみたいな不毛な生き方に閉塞感を感じていた、資本主義も民主主義も信じられないし、どこかで東洋医学が自分の生き方を変えてくれる、できればそれが人類みんなの閉塞感を打ち破るものであってほしい、と思った。だから鍼灸をやろうと思った。

私の期待は半分は当たったし、半分は外れた。
要するに鍼灸は自分の生き方を変えた、それは素晴らしい出会いだったと思う。一方で日本の鍼灸界はそれはもう大変な問題をいろいろ抱えている。だいたいが東洋哲学と一緒になってる東洋医学をやってる人の方が少ないし、社会的に認知されるためにはそういうファジーなところを切り離して考えなきゃいけない(と鍼灸業界の人は一般に考えてる)。そうなると鍼灸界全体を変えていかなきゃいけない。もっと言えば中国は自国の鍼灸医学を世界に広めようとしているが日本の立場もある(日本と中国の鍼灸はぜんぜん違うから)。
日本の多くの鍼灸師は鍼灸を西洋医学に認めて貰うために頑張っているけど、私は東洋医学という素晴らしい医学を主体に日本の医学をひっくり返したいのだ。

それから専門学校在学中に、もしかしたら資本主義も物質文明もそう長くは続かないんじゃないか、という考えに出会う。池澤夏樹や宮澤賢治の影響だけども。そのへんはこの記事参照。となると生きてく上で何が大切なのかってことを、人類みんなで考えなきゃいけないんじゃないか、と思うようになった。
ようするに社会の変革が必要だって。確かにみんなが豊かになったし便利になった、でもそれは幸せとは全然ちがうことじゃないの?

だいたい今の社会がみんなが専門的になりすぎてオタクになってる、自分の研究分野以外に視点がむかない。タコツボの中では絶対にジェネラルな視点は生まれない。
変えていくためにはジェネラリストにならなきゃいけない。そのためのリベラルアーツなんだ。

というわけで、ざっと、本当に簡単にだけど自分の今やろうとしていることの背景を書いてみた。
まとめると荒木がやりたいのは、東洋医学や日本鍼灸を広めて医療を変えていくこと、成長とか経済とか効率ばかり見ている社会を変えていくこと。国民みんなで貧しくなろうよ。とか、パーマカルチャーとか。老荘思想もそうだし。

東洋思想はひとつの指標なんだが、最初に引用したガンディーの言葉に立ち返ると、自分がその実践者でなきゃいけない。だから鍼灸をやってるし、そこで関わった人からちょっとずつ変えていきたい。
無謀な試みだけどね。
私はゲバラを愛しているが、彼の晩年は(見方によっては)悲惨だった。ボリビアで社会のために戦ったが理解されずに惨めな戦いをしていた。でも兵士として戦い続ける彼を私は英雄だと思うし、自分もそうありたいと思う。
ゲバラの言葉が座右の銘である。
Hasta la victoria siempre.(常に勝利に向かって)
[PR]
by s-a-udade | 2013-08-18 23:31 | 日常

私と小笠原(2)

島に帰ってました。
というと、荒木って小笠原出身なの?と聞かれてしまうのだけど、荒木は奈良県橿原市出身です。
でも、小笠原には、行くと言うよりも、帰るという方がしっくりくる。私にとって、小笠原は帰るべき場所だから。

初めて小笠原に行ったのは、2008年、私が17歳の夏でした。そのときは高校三年生だった。
といっても、ほとんど学校を休みがちになっていた頃で、学校をサボっていったのだけど。
私が通っていた都立戸山高校は、いちおう名前だけは伝統校だし、都立とはいえ進学にも結構力を入れている学校だった。まぁ私も入学してしばらくは、戸山生らしく優等生っぽいことしてたわけです。
でもだんだん、まわりが受験モードになっていくにつれて、自分のなかでどんどん疑問が膨らんでいきました。
つまりいい大学に行くこと、勉強が出来る子になること、そういうことを、自分はしたいんだろうか?
なんか、違う気がした。偏差値で人間が測られて、それで大学に振り分けられて、それが人間の判断基準であるかのような。自分はそういう数字とか学歴で測らなくても、荒木駿その人なのだし。
そんなわけで、お受験の為にお勉強するのも馬鹿らしくなってきた。生きる事の本質と全然関係ないことを頭の中に詰め込んで、褒められているような人生を選びたくない。そんな訳で、大学には行くまいと決めた。

その時はギターに熱中して、時間さえあればギターを弾いていた。ギターに支えられて生きていたようなもんだ。ギターを本格的にやりたかった。
でも、それも結構いいところまで行って、やっぱりこれは違うと思ったんだ。実際NYに一ヶ月ほどいたのだが、仕事にして生きるべきものじゃない。そう感じた。
夢を失ったわけだ。

他にもちょっと、人との関わりのことで、いろいろあって、かなり落ち込んでいた時期だった。

そんなとき、ふと小笠原に行こう、と思った。

親には何も言わなかった。電波が届かなくなる直前に、短いメッセージだけを残して、旅だった。小さな鞄一つで。

船旅を終えて僕が出会ったのは、驚くほど青い海、美しい空、そしてなにより、美しい心を持った人々だった。ついたその日から、地元の人と外で飲んだくれていた。高校生なのに。
泊まったところもユースだったので、友達もたくさんできて、みんなかわいがってくれて、人との出会いにすごく恵まれていたとおもう。
とにかく見るものすべてが素晴らしかった。
これはきっと、島に呼ばれたんだと思った。本当に。
小笠原が自分に生きる希望を与えてくれた。

最初の滞在は、友達にお金を借りつつ、一ヶ月ほどでキャンセル待ちに空きが出ず、泣く泣く帰った。
親には叱られたり、いろんな人に迷惑を掛けたけれど、そんなことで気にするような以前の私ではなかった。
内地でなんとか、自分に忠実に生きていこう。誰がなんと言おうと、俺は俺なのだし。そう思えるようになった。


そんなことがあってから、二年間小笠原に通い詰めた。一階の滞在が、1~2ヶ月程度と、かなりの長期滞在。過ごし方は、基本的にのんびりして、気が向いたらドルフィンスイムに行ったり山に植物を見に行ったりする。人との出会いが大切。そう思っていた。
そんなことをしているうちに、東洋医学に出会ったりして。

今の学校に入ってからは、休みには海外に行った。小笠原は、いったんお休みして。
でも、どこにいても、やっぱり小笠原が恋しかった。泊まっていたユースの部屋とか、毎日休んでいた浜辺とか、飲み屋のカウンターとか。そこで暮らす人々。
小笠原はずっと、私にとってのふるさとだった。
こういう言い方が許されるなら、魂が生き返った場所。

学生最後の夏休みということで、今年の夏休み、二年ぶりくらいに小笠原に帰りました。
今回は今までと比べれば非常に短い旅だったけど、
懐かしい人と再会できたし、あたらしく出会った人とも、本当に仲良くなれて、楽しくて毎日が充実していた。
ふるさとに帰って良かった。
内地の生活はせわしなくて大変だけど、自分にとって小笠原という帰る場所があって。

小笠原の星空の下、大いなる自然のなかで感じたことは、
自分なんか本当にちっぽけな存在で、
天地宇宙のつながりのなかで、もっともっと大きな力に生かされていて。
自然の人間が対峙しているわけでもないし、人間が自然を管理することなんかできなくて。
自然への畏敬、といったら語弊があるが、大きな宇宙、大いなる自然の一部として自分がひとつのちいさな存在。
でもそのちいさな存在が、ここでまわりの人々と一緒になることで、輝いている。

自分の勝手な願いを押しつけるんじゃなくて、
この天地のつながりのなかで生きている自分が、
そのサイクルのなかで生きている。そう全身で感じることが、祈りであり、瞑想(meditation)である、そんなことを感じたのです。

黄帝内経の思想である、自然、天地宇宙のつながりのままに生きる事は、本来そんなにむずかしいことじゃなかったはず。
この物質文明があまりに生命の本質から遠ざかって肥大したから、そうやって生きるのが難しいように見えるだけで。


話がだんだんずれてしまったが、小笠原に帰って、もういちど生き返ったような気分です。
いつもの忙しない生活が始まったけど、心はすっきりしているし、充実しています。
命の洗濯をしてきた気分。

またかならず、ふるさとには帰る。それまで、たいへんだけど、がんばってみます。
[PR]
by s-a-udade | 2012-08-27 23:52 | 日常

生きているうちに死について語ろう。

なんとなく、死について話すのがよろしくない、みたいな風潮があるように思う。
例えば旅行の前なんかに、「もし生きて帰れなかったら」と言ったり、病気したときに「このまま死んだら」と言ったら、「縁起でもない」みたいな言い方をされてしまったり。
でもさ、それで死ぬって事は十分にありうるじゃない?死んだらどうするのよ。って思うんだよね。死ぬ前に死にちゃんと向き合って考え、人と意見を交換することで死に面して後悔の少ないように死ねると思うのだけど。
でも明日死ぬかもしれないじゃない、にんげん。
だから、毎日の生活の中で、人と関わっていく中で、死というものを遠ざけずに自分の現在の問題として考えることが必要なのではないかな。
どう死ぬかっていうことはどう生きるかっていうことの重要な一部だと思うんだよね。それから目を背けては生について考えられないと思うし、
明日にでも来るかもしれない死を考えることで、一日一日を大切に生きて充実されることができるんじゃないかと思っているんだ。
死について語ることがされていないから、死を考えると陰々滅々としてくるのだと思うし、もっと生きてるあいだにこうしてあげたらよかったなんて後悔も少しは減ると思うんだ。話せば生きる事が見えてくる。

私の個人としては、長く生きる事が幸せだとは思っていなくて、毎日、一日をおろそかにせずに充実させることが幸せに死を迎えるまで生きる事をつくるのではないかと思っているんだ。だから明日死んでも後悔がないように生きるのだ。

死について語ろう。友達でも恋人でも家族でもね。自分の死は自分でしか責任取れないもの。
[PR]
by s-a-udade | 2012-03-25 00:39 | 日常

いま思うこと

炬燵に足を突っ込んで温々とテレビの画面を通してしか被災地を見ていない私があれこれ言える立場ではないのでしょう。
一方でテレビを見ていると、番組として伝える側の意図というか、ココをこんな風に見せてやろうみたいな創作が見えすぎているので、どうも信じることが出来ない。

一口で言えば僕は被災地を知らない。

人はいつも自然に意図があるような言い方をしたがるけど、実際にはないはずだ。
プレートテクニクス理論が正しいとするなら、地震が起こることも風が吹くことも、それが地球が存在する上で、何も意図のないたんなる同程度の現象にすぎないと言えるかもしれない。それでも巨大地震が襲ったというのに僕らは風がおそったなんて言わない。
人間が自然の中に生き、自然の一部としてしか生きられないという事実を受け入れられないのだろうか。人一人の命が地球より重いというのなら、それは犬だって虫だって花だって同じではないのか?僕は悲劇の中にも人間の驕りを見た気がしてならないのだ。

話題がずれました。
地震の一週間後、僕が向かった先は被災地ではなくて、キューバだった。
たんに旅行なんですけどね。
現地では、僕が日本人だと分かると一言目にはTerremoto(地震)やTSUNAMI、FUKUSHIMAという言葉が出てきた。友達も家族もみんな無事だよというとみんな安心した。彼らは片言の英語で日本の状況を知りたがり、僕の意見を求めた。キューバに生きる人々の優しさを感じた。
現地では散々インチキな情報をつかまされたのだが。
ある新聞には30,000人が被爆し600人が放射能が原因で死亡したと書いてあったし、テレビで昨日までに24,000人が亡くなったと言っていたと聞いて涙を流したものだ。

そんな中で出会った一人の男性の言葉が忘れられない。
「日本は今危機的な状況に陥っている。でも、いつか時が過ぎればそれは単に過去のものでしかなくなる。日本はこれを乗り越えるだけの力を持っていると私は信じているよ。日本は1945年、あれはアメリカ合衆国の愚かな判断だったが、ヒロシマとナガサキの原子爆弾投下を乗り越えて経済的に大きく成長した。それだけ日本人は懸命に働き、災害を乗り越えることができるんだ。こうして君と喋ることができてとても嬉しいよ、シュン。」

地震や津波や原発事故で被害にあった人が何十万もいて、その一人一人に哀しい物語があるのに、

がんばろう日本

哀しみをそんな無責任な言葉の下敷きにしてはいけないと思う。
[PR]
by s-a-udade | 2012-03-11 21:53 | 日常

ご無沙汰しています。

最近ブログの方の更新がめっきり減ってしまいました。もうしわけない。
最近はTwitter(@ARAKIshun)やFacebook(www.facebook.com/ARAKIshun)のほうでばかり発言しているので・・・。

日曜日(現地時間)にグラミー賞の授賞式がありました。
前々から予想されていた通りアデルが大活躍でした。
それはどうでもいいんだけど、
Foo FightersのVocal、Dave Grohlのスピーチに感銘を受けました。


"This is a great honour, because this record was a special record for our band. Rather than go to the best studio in the world down the street in Hollywood and rather than use all of the fanciest computers that money can buy, we made this one in my garage with some microphones and a tape machine...

"To me this award means a lot because it shows that the human element of music is what's important. Singing into a microphone and learning to play an instrument and learning to do your craft, that's the most important thing for people to do.

"It's not about being perfect, it's not about sounding absolutely correct, it's not about what goes on in a computer. It's about what goes on in here [your heart] and what goes on in here [your head]."

「これは素晴らしい栄誉だ。この録音はバンドにとって特別なものだった。ハリウッドの世界で最高のスタジオも、金の限りを尽くしたコンピュータも使わずに、俺のガレージで、マイクとテープレコーダで録音したんだ。
この賞は俺にとって大きな意味がある。この賞が、音楽をやる上で最も基本的なこと、マイクに向かって歌い、楽器の技術を身につけ、作品を作っていくことなんかが最も重要なことなんだということを示しているからだ。
完璧であることや、音が正確であること、コンピュータであれこれするのが重要なんじゃない、頭と心で何が出来るか、それが重要なんだ。」
[PR]
by s-a-udade | 2012-02-15 00:10 | 日常

年頭所感

あけまして。おめでとう。ございます。
荒木です。
今年もよろしくどうぞ。

座席は詰めて譲り合うのが常識なのに、人間の社会を見たとき、世界の経済、人類の共有の限られた資源、財産、それらを譲り合うとか、他の人が使えるようにするとか、そういう発想は全然なくて、嫌な社会だな、と思います。
そう考えると、社会主義に行き着くのだけど、私は革命という手段は不可能ではないかと思っているので、しかも世界全体で達成するのは尚更なので、どうすべきか手をこまねいているのです。

今年、私は映画を作ろうと思っています。
なにが正しいとか、なにが普通とか、どうあるべき、とかは、とりあえず置いておいて、自分の信じることをしよう。
本当に、今の世の中、結果や効率ばかり求められるけど、
この映画を作っていく過程や、みんなで一つの作品を作る喜びを感じて楽しみたい。そう思うのです。
[PR]
by s-a-udade | 2012-01-01 10:27 | 日常

なんとなく今日思ったこと・・・夢とか、目標について。

あまりに肥大化した社会、人一人の存在があまりに小さすぎるのだと思う。
どこに行っても知らない人ばかりである。生活という場の中で、あるいは買い物、あるいは仕事という環境でそのほとんどが知らない人との関わりだ。逆に自分という存在も考えてみたとき、単に会社という組織に属する一人であったりとか、つまり自分がいてもいなくても一緒。代わりに他に誰でもいて、自分の社会に占める役割がわからない。ただ社会の一員という言葉で自分の存在意義が示されているだけで、そこに自覚はない。江戸時代なら士農工商と身分があって武士は公務員だとか、農民は食料を作る人だとかって役割があったし、生活の場で出会う人というのはほとんどが知っている人だったから、社会に置いて助け合うとか分業だとかという形で自分の役割もしっかりしていた。
いま、人一人の存在があまりに薄まったなかで自分の本気でやりたいことだとか、夢や目標っていうのを見つけるのは難しいことだと思う。それぞれの仕事に意義を見いだすのはむずかしい。
一方で夢や目標なんか見いだせなくても十分に生きていける社会を作っているのが教育だ。私には教育は画一の人格を作り出すためのシステムにしか見えない。はみ出た者が淘汰されて「真面目」な人間、与えられた課題をこなすことが出来るだけの人間を育てる。そして社会に出ればただ歯車の一つとして動くだけだ。
そんな無味無臭の人生に、なんとか希望を与えてくれるのがメディアであり、インターネットであったのだと私は思う。言ってしまえば、やりたい事なんかみつからなくても、テレビさえ見ていれば一生暇つぶしができる。
でもそんな人生が有意義だとも思わない。やっぱり社会の中でちゃんと自覚をもって働くことが豊かな人生をつくるのだとおもう。自覚。これって難しいですよね。私は幸いにもやりたい事を見つけられたし、社会的な意義も在ると思うけど、それをたまたま見つけられたことがえらいとは思わないし、ちゃんときっかけがあったからという理由に過ぎないと思う。真面目に将来も考えていて、でも夢や目標を見つけられない、っていうのも正直だし、私はいいと思いますよ。常に疑問をもって生きていよう。
[PR]
by s-a-udade | 2011-11-12 22:05 | 日常

21世紀人類滅亡論

こんなタイトルだと、荒木が新しい宗教にでもはまったのではないかと思われそうですが、私は至って正気で、(宗教が狂気だとは思いませんが)真面目に人類の末路について考えているのです。

今日のブログは、とあるジャーナリストの先生とのメールの中で生まれたものです。私が送った二通のメールに先生との共通の認識を多少加味し、この文章ができあがりました。


最近恐ろしい文章を読みました。石原慎太郎さんと瀬戸内寂聴先生の往復随筆の中で石原氏が言及していたことなのですが、以下に引用します。

ある出版社が、理科系文科系を問わず内外の各種の専門家たち、それも千人を超える対象に、このままでいくと人間は後何年ほど生きていくことが出来ると思うかというアンケートを試みた、その結果でした。圧倒的な数、確か八五パーセントを超す人たちが、せいぜい六、七十年くらいだろうと答えていました。
(中略)
物理学者ホーキングの東京での講演を聞いたことがあります。
(中略)
講演の最後質問が許され、ある人が、この宇宙にこの地球並みに文明の発達している惑星が幾つくらいあると思うかと質し、彼は即座に、太陽系に限らず、この地球から視認し得る宇宙全体ではおよそ二〇〇万くらいだろうと答えました。皆その数の多さにびっくりしました。
次いで誰かが、そんなに多くの数の文明の進んだ惑星がありながら、映画や小説では目にする宇宙人や宇宙船を我々が実際目にすることがないのはどうしてかと質問した。そしたら彼がまた即座に、この地球程度にまで文明が発達した惑星はその時点で、自らの文明のもたらす悪しき影響のせいで極めて不安定なものになり、宇宙全体の時間との相対で、ほとんど瞬間的に滅びてしまうのだと答えました。

」(石原慎太郎、瀬戸内寂聴『人生への恋文』2003年10月、世界文化社)
このアンケートの結果というのは、私の見解とほとんど一致するんですね。私もひそかに、22世紀は来ない、と思っていたもので、さらに21世紀人類滅亡説、と心の中で呼んでいたものですから驚きつつもやっぱりそうか、と思ったのです。人類の文明が及ぼす悪しき影響についてはもはや説明の必要もないと思いますが、このあまりに高密度、高回転で便利すぎる社会というのは人類に堕落をしかもたらさないし、慣性によってのみ日々「進歩」しつづける現代社会も結局は自分の未来を犠牲にしてしか成り立たないのだろうと思います。
そこで賢治の作品を見ていたら
「曾つてわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた
そこには芸術も宗教もあった
いまわれらにはただ労働が 生存があるばかりである
宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷く暗い」(農民芸術概論要綱)
また、
「あらゆる自然の力を用い尽すことから一足進んで
諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ」(生徒諸君に寄せる)
とありました。
人間もやはり自然の一部であり、自然に回帰しあらゆる生命と同等なものとして生きるほかないのではないか、そして自然への回帰という点で、東洋医学や東洋哲学はそれが可能な世界なのではないか、と思ったのです。そういえば最近パーマカルチャーについて書かれた池澤夏樹さんの『光の指で触れよ』を読みましたが、パーマカルチャーというのは私の中では一つの理想像です。
高校生の頃、人間とて、ただ脳が発達しただけの生き物の一つの種類でしかない、それはことごとくムダを排除したミミズとなにも変わらない。いつか人間の亡き後に、人間を凌駕する知能を持った生物が生まれたときに、人間は欲望のために自分の足を喰った馬鹿な動物だと言われるときが来るのではないかと、SFまがいの小説を書いたことがありました。書き上げられずに、恥ずかしくて処分したのですが・・・。

今、私は、日本のエネルギー政策をこの時点で大きく転換させることができなければ、人類を救うことはできないだろう。人類は自らの偽りの快適さと利害の為に自然と未来を食い物にし続けるだろうと考え始めています。
この原発問題、日本の危機に、人類が本当に必要なことは何なのかに気づかなければいけないのだと思います。ベートーベンも「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ」と言ったけれど、この日本の危機は人間本来の生きる目的や幸せとは何かとか、肥大化する現代社会の問題点を大いに考えるべき時ではないかと思うのです。
あるクラスメートはあと10年で世界経済が崩壊し、混乱の時代が来ると言いました。あまりに本質からかけ離れた経済本位、その犠牲は途上国の貧困層だけでなく将来のわたしたちなのですね。無意味に肥大化した経済の、ひとつの歯車のひずみが全体を揺るがすという事実は、先日のアメリカ合衆国の債権問題で明るみに出てしまった。無理を重ねてなんとかこじつけで誤魔化してきた経済というものも、近い将来にそのしわ寄せを受けなければならないのです。
でも、評論家などと言われる人達は、きっと崩壊する経済を見ても、物事を多角的に大きな視点で捉えることができないから、目先の理由だけで物事を言うに違いない。経済そのものの破綻というのが、たぶん専門家にはわかっていない。

先日、アップルのCEOだったスティーヴ・ジョブズ氏が亡くなりました。私の父はコンピューター好きだったので、私は幼稚園の頃からアップルの製品に触れていただけに、非常にショックを受けています。彼が世に送り出したものはつねに革新的で芸術的でした。
日々、我々の周りは進歩し続け、便利になっていますが、本当に便利は人を幸せにしたのでしょうか。原発なんかを作って安定的に大量の電気を作る必要は本当にあったのでしょうか。
あらゆる便利なものというのは、なければないで幸せにいられるのに、一度世に出てしまうと、ないと不幸になるというジレンマを含んでいるように思います。電気なんて、常に停電が当たり前な社会なら上手く付き合っていけると思います。
でも社会というのは後戻りできない。私は別に後戻りをして産業革命以前の世界を再現しようといっているのではなく、人類が欲望の愚かさに気づき世界のために生きていける社会を築こうという、壮大だけれども、そんな野心を抱いているのです。
生きていくために本当に必要なもの、そして自分や人類の幸せのために生きる。
便利は人を堕落させるだけだ、ということが人類の常識になる世界を夢見ています。
もうこのままでは、人類の世界の終焉は目に見えています。でも、まだ手の施しようはあると、私は信じたい。もうどうにもならないと、断言したくはないのです。
鍼灸が世界を救う、と言いたいけれど、さすがにそれは暴論です。

もし、滅亡の道を歩むとしたら。
経済崩壊の後に、おそらく長い混乱の時代が来ます。決して安泰に人間が滅びる訳ではない。日々壊れていく社会の中で、権力と武力を持った者だけが生き残る弱肉強食の世界があるでしょう。限られた資源を奪い合い、自分だけが生きながらえようとする欲望にまみれた人間が世界を食い物にする。世界が再び核の脅威に怯えなければいけない日が来るはずです。
そして、一方で死を目前に、一人一人にとって幸せが何なのか、無力な民衆は考えるでしょう。
人を幸せにする為の宗教が、いま戦争の原因となっている事実が、宗教の破綻を示しているのでしょう。神というのは自分の存在理由ですね。神のために生きることは自分のために生きるこのに等しいのかもしれない。聖戦なんて言っているけどやはりエゴに他ならないのでしょう。そんなことを言えるのも私が蚊帳の外にいるからかもしれませんけれど。
でも何かに縋らずに生きていくことは難しい。完全な絶望の中で人間の心を救うのは、超自然的な力によらない思想なのかもしれません。
その時、もはや世界の平和を望むことはできない。可能なのは、個人の心の平和です。
その時こそ東洋の思想が、人類に希望を与えるときが来るでしょう。
[PR]
by s-a-udade | 2011-10-10 23:18 | 日常

自由、について

先だって、東洋医学概論の授業で聞いて感銘したこと。

もともとの東洋の思想にあった自由とは、こんにち使われている意味での自由、ではなかった。ということです。
もともと東洋にも自由という言葉があって、それをfreeとかlivertyの訳語として宛てたので、その意味が定着してしまったのだというのです。
さて東洋の自由ですが、松と竹の自由という例えがあって、人間は松を竹よりも尊いと思って、竹に対して松になれなくてかわいそうだとか、松に対して竹じゃなくてよかったねと言うけれど(これはもちろんたとえ話で、決めた価値観に応じて優劣を決めるということ)、自由というのは、竹は竹として、松や人間の言葉など気にせずにまっすぐ生きること、松は松として生きること。だというのです。
東洋には、まず善と悪の区別が少なかった。正と邪というのも輸入された考えなんですね。日本では(中国ではわかりません)正もまた邪であり邪もまた正であるという考えもあったのですが、いずれにしても、善を悪を区別して悲観したりしないのが自由である。背が低くても、高い方がいいという価値観、高くなりたいと思うことなく、自分の今ある姿をありのままに受け入れて素直に生きるというのが自由(=自然)であるというのです。だから自分の今ある姿や、自分の能力を超えて成長したいと思うのは自由じゃないのですね。同時にこれは不自然でもあるというのです。だから背が高くなりたいとか、テストで良い点取りたいとか、野球があいつより上手くなりたいとか、全部不自然なことなんです。
授業の内容としては、この不自然な心が、不自然な身体の使い方を呼び、無理がたたって不自然な身体(=病気)を生む、という方向に進むのでした。

病因論は置いておいて。今の日本は不自由なことばかりだなぁ、と思っているのです。
何がって、たとえば教育。
池澤夏樹『光の指で触れよ』の中で、登場人物がこう言っています。
「私がオーストラリアに行ったときに、土産にちょっとかわいい筆箱を買ってきた。ところがあの子はそれを学校に持っていかないんだ。どうしてだって聞いたら、こういうのは他のお友だちが持っていないからいけないんだと言う。他の子は他の子でおまえはおまえだろと言っても聞かない。
(中略)
学校とは何か? 改めて考えてみると、子供を加工するところという感じが強いんだな。(中略)ファクトリーだよ。子供という粘土のかたまりを入れると、成形して、着色して、熱で硬化させて、均一の製品にする。
(中略)
他の国のことを知っているわけではないが、日本の学校は今もって軍隊モデルから抜け出していないよ。(中略)身体検査だって運動会だって似たようなものだ」

彼は割と急進的な言い方をする人物として書かれていますが、主張は一貫しています。
教育として、社会の仕組みや計算の仕方や先人達の知恵を知っていくことはもちろん重要だが、それを評価する形がテストの点数に集約され、考える過程が無視されていることや、偏差値至上主義がはばかって久しいことなど、明らかに行き過ぎているとしか言いようがない。しかし教育が求めるのは、どんな教科でも点数が取れる人間であって、そういう人間が「いい学校」に行って「いい会社」に行って「出世」する。
岡本太郎は『東大幼稚園の母親たち』でこう書いています。
まことに馬鹿馬鹿しいのは、今の大学での勉強が実社会に出てほとんど役に立たないことだ。一例をあげてみよう。去年の三月に東大法学部を卒業した五百六十六人のうち(中略)ほとんどの人が役人、会社員、銀行員などになって、六法全書なんてケロリと忘れてしまう。帳簿をつけたり、雑務をしたり、そして上役や取引関係とのマージャン、ゴルフに専念するのである。
(中略)
やりたい者が、またやれる者がムダな時間と費用をかけるのは勝手だとしても、こんなシスティムのために本当に勉強したい多くの若者たちがしめ出されたり、また学府の理想が失われてしまうということは社会悪だ。
(中略)
受験勉強など一度パスすれば忘れてしまう。誰でもの経験だ。あれはただの暗記であり、極端にいえばオウムの人真似。頭のよさや、能力、まして人間的本質とは何の関係もない。
自分にとって非本質的なことを憶えるというのは、屈辱的だ。
(中略)
たとえば東大のように八〜九科目もの試験があるのでは、無性格で凡庸な人間しか網の目にかからない。現在の社会の仕組みは、すべて官僚的だから、一人一人の才能、独創性なんて別だん必要ない。むしろ、それは組織内で危険であり邪魔である。サラリーマンはどんどん無性格的に平均化され、部品化させられる。


これほど不自然で不自由なことがあるでしょうか。試験の点数のために努力しても、それは人生を豊かにはしない。自分の人間的本質とは無関係です。しかしそうしなければ社会の中でのけ者にされてしまう。自由はどこにも存在していないように見えます。
そうして作り出された人間は、社会の歯車の一部として働きます。その日本の社会は、あまりにも高密度で高回転です。しかしそれが幸せなのでしょうか。自殺者数が増え社会問題にもなり、経済も発展し続けなければ「幸せ」が続くことはありません。だから常に成長し続けることを求められるし、そのためには人材を「育て」なければなりません。
宮澤賢治の『農民芸術概論要綱』にこうあります。
曾つてわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた
そこには芸術も宗教もあった
いまわれらにはただ労働が 生存があるばかりである
宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷く暗い
芸術はいまわれらを離れ然もわびしく堕落した
いま宗教家芸術家とは真善若くは美を独占し販るものである
われらに購ふべき力もなく 又さるものを必要とせぬ

近代科学が発展することで「豊かな」暮らしが手に入ったけれども、それがなくても十分に楽しく生きていけたのです。過剰に発展した社会が、結局は福島原発の事故を呼んだのではないですか。
池澤夏樹は雑誌のインタビューで、フランスでの暮らしについてこう言いました。
そんなに全てが高密度で、応答が早くて、便利であったとしても、それは何のためになるのと問い返す。
その努力全体が空回りなんじゃないの?
便利と幸福はぜんぜん違うことではないの?


スーパーマーケット一つとっても、たしかに一つの店で全部の買い物が終わって楽だけれど、商店街の魚屋さんに、どんな魚が旬でどういう料理法をしたら良いか相談したりとか、今度はそれを魚屋のおじさんに美味しかったよと報告したりとか、そういう楽しみが積み重なって生活に色が塗られていくんじゃないかな、と思います。
発達でなんでも手に入る一方で、何かが手に入らなければ理不尽に思うようになってしまった。それがクレーマーやモンスターペアレントを生んでいるのではないかなと私は思います。若者達がこれだけゲームにはまるようになってしまったのも、社会で生きる事がこれほど無味無臭になってしまい、それに満足できなくなっているからではないかな、と思うのです。
私が鍼灸の世界に入ったのも、病院に行って、お医者さんがモニターとキーボードを前に会話し、診療は数分で終わり表面だけ治す治療をしている、その現状はおかしいんじゃないかと思ったからです。それで幸せはやってこない、と思ったのです。治療の対象は少ないけれど、会話をしながら、患者さんと医療者が交流して、自分の力で病気を治していく、それこそが大切な事じゃないかと思い、東洋医学の道を志したのです。
それが、自由であり、自然であると思ったから。

だからといって科学に頼り目まぐるしい速度で発展していく日本の、回転を止めることは難しいと思います。
東日本大震災、大きな被害がありあらゆるものが流されました。今が、再建の時、再考の時ではないか、と私は思うのですが。
[PR]
by s-a-udade | 2011-09-04 01:39 | 日常