東京の日常を表現していたブログですが、最近は東洋医学、文化、文明などについて思ったことを書き連ねています。


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生きているうちに死について語ろう。

なんとなく、死について話すのがよろしくない、みたいな風潮があるように思う。
例えば旅行の前なんかに、「もし生きて帰れなかったら」と言ったり、病気したときに「このまま死んだら」と言ったら、「縁起でもない」みたいな言い方をされてしまったり。
でもさ、それで死ぬって事は十分にありうるじゃない?死んだらどうするのよ。って思うんだよね。死ぬ前に死にちゃんと向き合って考え、人と意見を交換することで死に面して後悔の少ないように死ねると思うのだけど。
でも明日死ぬかもしれないじゃない、にんげん。
だから、毎日の生活の中で、人と関わっていく中で、死というものを遠ざけずに自分の現在の問題として考えることが必要なのではないかな。
どう死ぬかっていうことはどう生きるかっていうことの重要な一部だと思うんだよね。それから目を背けては生について考えられないと思うし、
明日にでも来るかもしれない死を考えることで、一日一日を大切に生きて充実されることができるんじゃないかと思っているんだ。
死について語ることがされていないから、死を考えると陰々滅々としてくるのだと思うし、もっと生きてるあいだにこうしてあげたらよかったなんて後悔も少しは減ると思うんだ。話せば生きる事が見えてくる。

私の個人としては、長く生きる事が幸せだとは思っていなくて、毎日、一日をおろそかにせずに充実させることが幸せに死を迎えるまで生きる事をつくるのではないかと思っているんだ。だから明日死んでも後悔がないように生きるのだ。

死について語ろう。友達でも恋人でも家族でもね。自分の死は自分でしか責任取れないもの。
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by s-a-udade | 2012-03-25 00:39 | 日常

いま思うこと

炬燵に足を突っ込んで温々とテレビの画面を通してしか被災地を見ていない私があれこれ言える立場ではないのでしょう。
一方でテレビを見ていると、番組として伝える側の意図というか、ココをこんな風に見せてやろうみたいな創作が見えすぎているので、どうも信じることが出来ない。

一口で言えば僕は被災地を知らない。

人はいつも自然に意図があるような言い方をしたがるけど、実際にはないはずだ。
プレートテクニクス理論が正しいとするなら、地震が起こることも風が吹くことも、それが地球が存在する上で、何も意図のないたんなる同程度の現象にすぎないと言えるかもしれない。それでも巨大地震が襲ったというのに僕らは風がおそったなんて言わない。
人間が自然の中に生き、自然の一部としてしか生きられないという事実を受け入れられないのだろうか。人一人の命が地球より重いというのなら、それは犬だって虫だって花だって同じではないのか?僕は悲劇の中にも人間の驕りを見た気がしてならないのだ。

話題がずれました。
地震の一週間後、僕が向かった先は被災地ではなくて、キューバだった。
たんに旅行なんですけどね。
現地では、僕が日本人だと分かると一言目にはTerremoto(地震)やTSUNAMI、FUKUSHIMAという言葉が出てきた。友達も家族もみんな無事だよというとみんな安心した。彼らは片言の英語で日本の状況を知りたがり、僕の意見を求めた。キューバに生きる人々の優しさを感じた。
現地では散々インチキな情報をつかまされたのだが。
ある新聞には30,000人が被爆し600人が放射能が原因で死亡したと書いてあったし、テレビで昨日までに24,000人が亡くなったと言っていたと聞いて涙を流したものだ。

そんな中で出会った一人の男性の言葉が忘れられない。
「日本は今危機的な状況に陥っている。でも、いつか時が過ぎればそれは単に過去のものでしかなくなる。日本はこれを乗り越えるだけの力を持っていると私は信じているよ。日本は1945年、あれはアメリカ合衆国の愚かな判断だったが、ヒロシマとナガサキの原子爆弾投下を乗り越えて経済的に大きく成長した。それだけ日本人は懸命に働き、災害を乗り越えることができるんだ。こうして君と喋ることができてとても嬉しいよ、シュン。」

地震や津波や原発事故で被害にあった人が何十万もいて、その一人一人に哀しい物語があるのに、

がんばろう日本

哀しみをそんな無責任な言葉の下敷きにしてはいけないと思う。
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by s-a-udade | 2012-03-11 21:53 | 日常