東京の日常を表現していたブログですが、最近は東洋医学、文化、文明などについて思ったことを書き連ねています。


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何のために学ぶのか?

学校が教えてくれた一番のことは、学校は何も教えてくれないということだったと思う。

でも、同時に自分から目的意識や意欲を持って取り組めば学校の中で自分の求める以上に学ぶこともできると思う。たぶん。

私は一応自分の意思と資金で大学に入って勉強したかったので、たまに口開けて待ってるだけの癖に学費高いのにとかぼやいてる奴とか見るとこいつ頭おかしいんじゃねえかとか思うし、いつも後ろの方で授業聴いててテスト前になると焦り出す奴とか見るとわりと猛烈に腹が立つ。(専門学校時代の自分に思い当たる節があるので偉そうなことは言えないけどね。) 同様にとりあえず大学入って評価のためにとか目的意識もなくただ勉強やってるだけの奴も終わってると思うけど。

でも幼稚園から高校まで勉強すること自体が目的になってる中で、自分の勉強する意義を見つけるのはむつかしいとおもうし、とにかく大学行かないと生活とか就職とかの面で不自由だからという心配も仕方ないと思う。
学校って工場みたいなもので、子供を入れると社会が求める形に成形して送り出す。個性とかは求められていなくて、均質さとか従順さが目標。誰かが作った<自由>の枠の中で放牧されてるみたいな。
そもそも子供とは育てるものなのか?子供は自ら育とうとするのではないのか。その可能性の芽を教育が摘んでしまっているように見える。つまらない枠の中に無理矢理子供達を押し込めている。

自分が何をやりたいのか、っていう簡単な問に答えられなければちょっとまずいと思うんだけど、それを見つけさせてあげられない学校もおかしい。子供達の世界から出たことがない教師が教壇に立っててさ。たとえば法学部に行って政治を勉強したい、とか、嘘つくなよって思うもん。公立図書館で勉強するのと何が違うの。
自分の夢を訊かれた時、職業でしか答えられないのはさみしい。
自分の夢を一つしか答えられないのもさみしい。

でもさ、たとえば買い物一つ見たってもう八百屋のおっちゃんに旬の野菜の話聞きながら献立考えることもなければ魚屋のおっちゃんにどうやって味付けしたら美味しいよとか教えて貰うなんてことはない。社会のなかで自分たちがどうやって人と関わってて自分がどの立ち位置にいるのかなんて全然見えてこない。そんな中で自分の夢を探せる訳ないんじゃないか。

そうなると本の中で見かけたアジアやアフリカの貧困層の子供達になにかしたいみたいな、妙に嘘くさい話になるのも仕方ないような。もちろんそれも立派な話なんだけど、社会貢献とかは後でいいんじゃないか。学生のうちに好きなことやって自分の軸を作って行く方が先ではないのか。それでボランティアやった話を就活でして良い経験したような気になってるのはだいぶ順番が違うんじゃないかと思う。
海外行って何かがしたい、とか、何かって何よ。そういうの鶏が先か卵が先かみたいな話だけど。

大学なんてタコツボみたいでオタクばっかり育っていくじゃないですか。タコツボの中にいたらジェネラルな発想は出てこない。ましてリベラルアーツやってる訳でもない日本の大学で、卒業したら忘れてしまう知識ばっかりつけて。でも日本の社会はオタク:スペシャリストばかりに頼りすぎなんじゃないか。だから原発事故みたいなのが起きる(もちろんそれだけが原因じゃない)。
一つのことに没頭して周りが見えてないアホばっかりの世界に光をもたらすのがジェネラリストであってほしい。反省も思いやりもない科学が戦争を悲惨にし地球を住みづらい場所に変えてしまったが、生と行動に関与する生命哲学の確立して新しい時代を作っていく、そんな地球全体の教育が求められているように思います。
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by s-a-udade | 2013-08-19 09:15 | 日常

荒木がやりたいこととは何なのか、それに対する一つの答え

"You should be the change you want to see in the world"
「自分が見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい」マハトマ・ガンディー

自分のステータスを初対面の人に説明するのが難しい。面倒である。(だから合コンが嫌い)
だいたい「専門学校出たけど、もうちょい勉強したかったから大学入り直して今一年生だよ」と適当に誤魔化しているが、専門で何勉強してたの、って訊かれると鍼灸、あのっ、はりきゅうを....で大学で何勉強するの?何学部?教養学部で.....まぁまだ専攻決めてないんだけど...一応人類学とか哲学、東洋哲学とか興味あるかなぁ...で将来は何したいの?
と、非常に面倒なのである。大体訊いた方も適当に切り上げたいのだろうしどうしてもちょっとは真面目な話するフンイキになってしまうので初っぱなからそれじゃやってらんないのである。
教養学部と言ってんのに「先生になるの?」とか言われたらなおさら面倒である。大学名言ったら神父さんに....もういいや。
合コンに行ったってナウなヤングたちはそんなことに興味ないので別次元の人だと思われてそこで試合終了なんだもの。

まあでもともかく、私は友達には恵まれている(と思う)し、ある程度の年齢以上の人なら相手に余裕もあるし私も話しやすいので、ちゃんと説明しようとする。
けど上手くまとまらないんだなぁ。


高校を辞めた理由をいま話しても全部後付けになる気がする。
けど大学に行くなんてくだらないと思ってた、偏差値で大学決めて、なにか勉強したいことがあるわけでもないのにそれっぽい理由付けて、みんな馬鹿じゃないの、と思ってたけどまわりはみんな大学に行くために真面目に勉強してるし、そういう場所は居づらかった。
そもそも大学出て社会に出てそれなりに出世して、そういうのがぜんぶ無意味に思えた、人生にはもっと大切なモノがあるって。それに気付かせてくれたのは小笠原やそこで出会った仲間だった。旅が教えてくれたことは学校が教えてくれたことよりずっと面白くて実用的だった。そんときは音楽に没頭していたので、単純に音楽をやりたいな、とか思ってた。

だからといって高校を辞めてもやることもないし、しばらくする内にミュージシャンになりたいとかいう夢もなんか違うぞって事に気付いて帰国した自分。

そんなときに旅先で出会ったのは鍼灸であり、東洋医学だった。

みんなが上を見て歩いてる世界で息が詰まるけど、そうじゃない生き方ってあるんじゃないの、って教えてくれた。東洋医学は東洋哲学とくに老荘思想と関わりが深いので。
社会に出てそれなりに出世して生きるっていうなんかファンタジーみたいなRPGみたいな不毛な生き方に閉塞感を感じていた、資本主義も民主主義も信じられないし、どこかで東洋医学が自分の生き方を変えてくれる、できればそれが人類みんなの閉塞感を打ち破るものであってほしい、と思った。だから鍼灸をやろうと思った。

私の期待は半分は当たったし、半分は外れた。
要するに鍼灸は自分の生き方を変えた、それは素晴らしい出会いだったと思う。一方で日本の鍼灸界はそれはもう大変な問題をいろいろ抱えている。だいたいが東洋哲学と一緒になってる東洋医学をやってる人の方が少ないし、社会的に認知されるためにはそういうファジーなところを切り離して考えなきゃいけない(と鍼灸業界の人は一般に考えてる)。そうなると鍼灸界全体を変えていかなきゃいけない。もっと言えば中国は自国の鍼灸医学を世界に広めようとしているが日本の立場もある(日本と中国の鍼灸はぜんぜん違うから)。
日本の多くの鍼灸師は鍼灸を西洋医学に認めて貰うために頑張っているけど、私は東洋医学という素晴らしい医学を主体に日本の医学をひっくり返したいのだ。

それから専門学校在学中に、もしかしたら資本主義も物質文明もそう長くは続かないんじゃないか、という考えに出会う。池澤夏樹や宮澤賢治の影響だけども。そのへんはこの記事参照。となると生きてく上で何が大切なのかってことを、人類みんなで考えなきゃいけないんじゃないか、と思うようになった。
ようするに社会の変革が必要だって。確かにみんなが豊かになったし便利になった、でもそれは幸せとは全然ちがうことじゃないの?

だいたい今の社会がみんなが専門的になりすぎてオタクになってる、自分の研究分野以外に視点がむかない。タコツボの中では絶対にジェネラルな視点は生まれない。
変えていくためにはジェネラリストにならなきゃいけない。そのためのリベラルアーツなんだ。

というわけで、ざっと、本当に簡単にだけど自分の今やろうとしていることの背景を書いてみた。
まとめると荒木がやりたいのは、東洋医学や日本鍼灸を広めて医療を変えていくこと、成長とか経済とか効率ばかり見ている社会を変えていくこと。国民みんなで貧しくなろうよ。とか、パーマカルチャーとか。老荘思想もそうだし。

東洋思想はひとつの指標なんだが、最初に引用したガンディーの言葉に立ち返ると、自分がその実践者でなきゃいけない。だから鍼灸をやってるし、そこで関わった人からちょっとずつ変えていきたい。
無謀な試みだけどね。
私はゲバラを愛しているが、彼の晩年は(見方によっては)悲惨だった。ボリビアで社会のために戦ったが理解されずに惨めな戦いをしていた。でも兵士として戦い続ける彼を私は英雄だと思うし、自分もそうありたいと思う。
ゲバラの言葉が座右の銘である。
Hasta la victoria siempre.(常に勝利に向かって)
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by s-a-udade | 2013-08-18 23:31 | 日常