東京の日常を表現していたブログですが、最近は東洋医学、文化、文明などについて思ったことを書き連ねています。


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荒木がやりたいこととは何なのか、それに対する一つの答え

"You should be the change you want to see in the world"
「自分が見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい」マハトマ・ガンディー

自分のステータスを初対面の人に説明するのが難しい。面倒である。(だから合コンが嫌い)
だいたい「専門学校出たけど、もうちょい勉強したかったから大学入り直して今一年生だよ」と適当に誤魔化しているが、専門で何勉強してたの、って訊かれると鍼灸、あのっ、はりきゅうを....で大学で何勉強するの?何学部?教養学部で.....まぁまだ専攻決めてないんだけど...一応人類学とか哲学、東洋哲学とか興味あるかなぁ...で将来は何したいの?
と、非常に面倒なのである。大体訊いた方も適当に切り上げたいのだろうしどうしてもちょっとは真面目な話するフンイキになってしまうので初っぱなからそれじゃやってらんないのである。
教養学部と言ってんのに「先生になるの?」とか言われたらなおさら面倒である。大学名言ったら神父さんに....もういいや。
合コンに行ったってナウなヤングたちはそんなことに興味ないので別次元の人だと思われてそこで試合終了なんだもの。

まあでもともかく、私は友達には恵まれている(と思う)し、ある程度の年齢以上の人なら相手に余裕もあるし私も話しやすいので、ちゃんと説明しようとする。
けど上手くまとまらないんだなぁ。


高校を辞めた理由をいま話しても全部後付けになる気がする。
けど大学に行くなんてくだらないと思ってた、偏差値で大学決めて、なにか勉強したいことがあるわけでもないのにそれっぽい理由付けて、みんな馬鹿じゃないの、と思ってたけどまわりはみんな大学に行くために真面目に勉強してるし、そういう場所は居づらかった。
そもそも大学出て社会に出てそれなりに出世して、そういうのがぜんぶ無意味に思えた、人生にはもっと大切なモノがあるって。それに気付かせてくれたのは小笠原やそこで出会った仲間だった。旅が教えてくれたことは学校が教えてくれたことよりずっと面白くて実用的だった。そんときは音楽に没頭していたので、単純に音楽をやりたいな、とか思ってた。

だからといって高校を辞めてもやることもないし、しばらくする内にミュージシャンになりたいとかいう夢もなんか違うぞって事に気付いて帰国した自分。

そんなときに旅先で出会ったのは鍼灸であり、東洋医学だった。

みんなが上を見て歩いてる世界で息が詰まるけど、そうじゃない生き方ってあるんじゃないの、って教えてくれた。東洋医学は東洋哲学とくに老荘思想と関わりが深いので。
社会に出てそれなりに出世して生きるっていうなんかファンタジーみたいなRPGみたいな不毛な生き方に閉塞感を感じていた、資本主義も民主主義も信じられないし、どこかで東洋医学が自分の生き方を変えてくれる、できればそれが人類みんなの閉塞感を打ち破るものであってほしい、と思った。だから鍼灸をやろうと思った。

私の期待は半分は当たったし、半分は外れた。
要するに鍼灸は自分の生き方を変えた、それは素晴らしい出会いだったと思う。一方で日本の鍼灸界はそれはもう大変な問題をいろいろ抱えている。だいたいが東洋哲学と一緒になってる東洋医学をやってる人の方が少ないし、社会的に認知されるためにはそういうファジーなところを切り離して考えなきゃいけない(と鍼灸業界の人は一般に考えてる)。そうなると鍼灸界全体を変えていかなきゃいけない。もっと言えば中国は自国の鍼灸医学を世界に広めようとしているが日本の立場もある(日本と中国の鍼灸はぜんぜん違うから)。
日本の多くの鍼灸師は鍼灸を西洋医学に認めて貰うために頑張っているけど、私は東洋医学という素晴らしい医学を主体に日本の医学をひっくり返したいのだ。

それから専門学校在学中に、もしかしたら資本主義も物質文明もそう長くは続かないんじゃないか、という考えに出会う。池澤夏樹や宮澤賢治の影響だけども。そのへんはこの記事参照。となると生きてく上で何が大切なのかってことを、人類みんなで考えなきゃいけないんじゃないか、と思うようになった。
ようするに社会の変革が必要だって。確かにみんなが豊かになったし便利になった、でもそれは幸せとは全然ちがうことじゃないの?

だいたい今の社会がみんなが専門的になりすぎてオタクになってる、自分の研究分野以外に視点がむかない。タコツボの中では絶対にジェネラルな視点は生まれない。
変えていくためにはジェネラリストにならなきゃいけない。そのためのリベラルアーツなんだ。

というわけで、ざっと、本当に簡単にだけど自分の今やろうとしていることの背景を書いてみた。
まとめると荒木がやりたいのは、東洋医学や日本鍼灸を広めて医療を変えていくこと、成長とか経済とか効率ばかり見ている社会を変えていくこと。国民みんなで貧しくなろうよ。とか、パーマカルチャーとか。老荘思想もそうだし。

東洋思想はひとつの指標なんだが、最初に引用したガンディーの言葉に立ち返ると、自分がその実践者でなきゃいけない。だから鍼灸をやってるし、そこで関わった人からちょっとずつ変えていきたい。
無謀な試みだけどね。
私はゲバラを愛しているが、彼の晩年は(見方によっては)悲惨だった。ボリビアで社会のために戦ったが理解されずに惨めな戦いをしていた。でも兵士として戦い続ける彼を私は英雄だと思うし、自分もそうありたいと思う。
ゲバラの言葉が座右の銘である。
Hasta la victoria siempre.(常に勝利に向かって)
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# by s-a-udade | 2013-08-18 23:31 | 日常

私と小笠原(2)

島に帰ってました。
というと、荒木って小笠原出身なの?と聞かれてしまうのだけど、荒木は奈良県橿原市出身です。
でも、小笠原には、行くと言うよりも、帰るという方がしっくりくる。私にとって、小笠原は帰るべき場所だから。

初めて小笠原に行ったのは、2008年、私が17歳の夏でした。そのときは高校三年生だった。
といっても、ほとんど学校を休みがちになっていた頃で、学校をサボっていったのだけど。
私が通っていた都立戸山高校は、いちおう名前だけは伝統校だし、都立とはいえ進学にも結構力を入れている学校だった。まぁ私も入学してしばらくは、戸山生らしく優等生っぽいことしてたわけです。
でもだんだん、まわりが受験モードになっていくにつれて、自分のなかでどんどん疑問が膨らんでいきました。
つまりいい大学に行くこと、勉強が出来る子になること、そういうことを、自分はしたいんだろうか?
なんか、違う気がした。偏差値で人間が測られて、それで大学に振り分けられて、それが人間の判断基準であるかのような。自分はそういう数字とか学歴で測らなくても、荒木駿その人なのだし。
そんなわけで、お受験の為にお勉強するのも馬鹿らしくなってきた。生きる事の本質と全然関係ないことを頭の中に詰め込んで、褒められているような人生を選びたくない。そんな訳で、大学には行くまいと決めた。

その時はギターに熱中して、時間さえあればギターを弾いていた。ギターに支えられて生きていたようなもんだ。ギターを本格的にやりたかった。
でも、それも結構いいところまで行って、やっぱりこれは違うと思ったんだ。実際NYに一ヶ月ほどいたのだが、仕事にして生きるべきものじゃない。そう感じた。
夢を失ったわけだ。

他にもちょっと、人との関わりのことで、いろいろあって、かなり落ち込んでいた時期だった。

そんなとき、ふと小笠原に行こう、と思った。

親には何も言わなかった。電波が届かなくなる直前に、短いメッセージだけを残して、旅だった。小さな鞄一つで。

船旅を終えて僕が出会ったのは、驚くほど青い海、美しい空、そしてなにより、美しい心を持った人々だった。ついたその日から、地元の人と外で飲んだくれていた。高校生なのに。
泊まったところもユースだったので、友達もたくさんできて、みんなかわいがってくれて、人との出会いにすごく恵まれていたとおもう。
とにかく見るものすべてが素晴らしかった。
これはきっと、島に呼ばれたんだと思った。本当に。
小笠原が自分に生きる希望を与えてくれた。

最初の滞在は、友達にお金を借りつつ、一ヶ月ほどでキャンセル待ちに空きが出ず、泣く泣く帰った。
親には叱られたり、いろんな人に迷惑を掛けたけれど、そんなことで気にするような以前の私ではなかった。
内地でなんとか、自分に忠実に生きていこう。誰がなんと言おうと、俺は俺なのだし。そう思えるようになった。


そんなことがあってから、二年間小笠原に通い詰めた。一階の滞在が、1~2ヶ月程度と、かなりの長期滞在。過ごし方は、基本的にのんびりして、気が向いたらドルフィンスイムに行ったり山に植物を見に行ったりする。人との出会いが大切。そう思っていた。
そんなことをしているうちに、東洋医学に出会ったりして。

今の学校に入ってからは、休みには海外に行った。小笠原は、いったんお休みして。
でも、どこにいても、やっぱり小笠原が恋しかった。泊まっていたユースの部屋とか、毎日休んでいた浜辺とか、飲み屋のカウンターとか。そこで暮らす人々。
小笠原はずっと、私にとってのふるさとだった。
こういう言い方が許されるなら、魂が生き返った場所。

学生最後の夏休みということで、今年の夏休み、二年ぶりくらいに小笠原に帰りました。
今回は今までと比べれば非常に短い旅だったけど、
懐かしい人と再会できたし、あたらしく出会った人とも、本当に仲良くなれて、楽しくて毎日が充実していた。
ふるさとに帰って良かった。
内地の生活はせわしなくて大変だけど、自分にとって小笠原という帰る場所があって。

小笠原の星空の下、大いなる自然のなかで感じたことは、
自分なんか本当にちっぽけな存在で、
天地宇宙のつながりのなかで、もっともっと大きな力に生かされていて。
自然の人間が対峙しているわけでもないし、人間が自然を管理することなんかできなくて。
自然への畏敬、といったら語弊があるが、大きな宇宙、大いなる自然の一部として自分がひとつのちいさな存在。
でもそのちいさな存在が、ここでまわりの人々と一緒になることで、輝いている。

自分の勝手な願いを押しつけるんじゃなくて、
この天地のつながりのなかで生きている自分が、
そのサイクルのなかで生きている。そう全身で感じることが、祈りであり、瞑想(meditation)である、そんなことを感じたのです。

黄帝内経の思想である、自然、天地宇宙のつながりのままに生きる事は、本来そんなにむずかしいことじゃなかったはず。
この物質文明があまりに生命の本質から遠ざかって肥大したから、そうやって生きるのが難しいように見えるだけで。


話がだんだんずれてしまったが、小笠原に帰って、もういちど生き返ったような気分です。
いつもの忙しない生活が始まったけど、心はすっきりしているし、充実しています。
命の洗濯をしてきた気分。

またかならず、ふるさとには帰る。それまで、たいへんだけど、がんばってみます。
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# by s-a-udade | 2012-08-27 23:52 | 日常

科学的思考 について ("見つからない"は"存在しない"の証明にはならない意味)

このブログ、TokyoSceneryなのに最近は文書ばかりですね。。。。。
文系の私がこんなこと書くのはアレなんですけど、今日は「科学的思考」についてです。

先日、ネットでこんな記事を見つけた。
「人魚は存在しません」、米政府機関が公式サイトで(AFP=時事)
すこし気になったので米国立海洋局(NOAA)のホームページを見てみたらこんな記事だった。
Are mermaids real?
ここに書いている人魚の存在に関する文章は以下の一文のみ。
No evidence of aquatic humanoids has ever been found.
つまり「海中の人類が存在する証拠は見つかっていない。」ということ。
NOAAが表明しているのは人魚の存在を否定しているのではなく、人魚の存在を示す有効な証拠がないだけである。
つまり日本語の翻訳の方の記事は誤訳。AFP時事がこんないい加減な記事を書くとは思えないんだけど。。。。あるいは話題作りのために敢えて誤訳してるのかもしれないが。。。

前にも書いたかもしれないけど、科学において否定を証明するっていうのは非常にむづかしい。
科学的にありえないということを証明するには、科学の理論を完全に打ち立てて証明しなければなならない。
簡単に言えば、家の中にゴキブリがいないことを証明するには、「探したけど見つからなかった」「今まで見たことがない」では証明にならないということ。

この問題を話すときに思い出すのが、横田めぐみさんの遺骨の話。
北朝鮮政府が「横田めぐみさんの遺骨」だといって渡した骨を日本の三つの研究機関が分析。ふたつの機関は分析不能(1200℃以上で焼いた骨からのDNA検出は困難)だとし、帝京大学の分析の結果ではふたりの別人のDNAが検出された。横田さんのDNAは見つからなかった。
これを理由に日本政府は遺骨を偽物だと判断して、北朝鮮政府を非難した。
しかし、理屈で考えれば遺骨を偽物だと判断する理由にはならないんだな。
帝京大学の分析では、「遺骨の一部から他人のDNAが検出された」ということしかわからない訳だし。遺骨の保存状態によっては他の人の汗などが付着することもおおいにありうる。(遺骨問題を検証した科学誌NATUREによれば焼かれた骨はスポンジのようであり他の物質の吸収を防ぐのはむずかしいという)
日本政府の完全な誤り、だよね。
賢明な読者の諸君は、それが北朝鮮政府を擁護する理由にも、横田さんの遺骨が本物だという理由にもならないということは、お分かりですよね?

だから今回の人魚の記事に限らず、科学的根拠がないとか、証拠がないから否定が証明されたと思われることが多いけど、実際はそうじゃないんですよ。
たとえば「ホメオパシーに科学的根拠はない」というと、あたかもホメオパシーが科学的見地から無効であると捕らえられそうだけど、実際は「ホメオパシーは現在のところ科学的な機序が明らかになっていない」というのとほとんど同じなのであって。。。。
鍼灸も温泉も民間療法もそうだけど、科学的根拠がない、だからダメだって考えはもう捨てませんか。
だいたい、東洋医学が科学なんかに証明できるはずがないんですよ。
「気」の"存在"を否定する人がいるけど、気は本来、概念であって否定も肯定もするものじゃないんだよね。前提条件みたいなもので。本当に簡単に(誤解を恐れずに)言うなら、「気の概念を使ったら鍼灸が非常によく説明できた」みたいなもので。
それを科学に置き換えようとするからアヤシイとか言われるのであって。たぶん気の一部は酸素とかATPとか、免疫の働きであったり、量子力学的ななんらかの動きであったり、なのかもしれないけど、それは科学的な言葉に翻訳はできないでしょう。
寿司は英語でもSushiなのであって。韓国のチヂミはやっぱりチヂミでしょう。それを「韓国のお好み焼きみたいな食べ物」と説明しようとしてもやっぱりなにか違うわけで。気は、やっぱり気なんだよね。

だからCAM(補完代替医療)はときに非科学的だとか、言われてしまうんだけど、そんなことはないんだよね。
科学的な機序が明らかでないものを、イコール非科学的で無価値と捕らえる思考のほうが、実は科学的な考え方をしてないんだよね。
「鍼灸なんて非科学的だ」とか言われたら、言った人の方が科学的な思考をしていないんだから、気にすることはないんだよね。そういう人に限って最後には「ありえない」なんて言葉を使ったりして。感情論、先入観でしかないじゃないか。
まぁ、だからそういう意味で、私は「非科学的」という言葉の意味がよく分からないんだ。非科学的という言葉の方が非科学的じゃないですか。笑

そろそろ科学的根拠がない=無価値・無意味 という思考をやめませんか。科学で明らかになっていないところにこそ、新しい時代を切り開いていく可能性はないのですから。

(その意味でも私は鍼灸を未来の医療だと思っている。東洋医学を西洋医学の言葉で言い換える研究じゃなくて、医学のパラダイムを変えるために、鍼灸界は奮起しなければならないんです)
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# by s-a-udade | 2012-07-08 22:20 | 東洋医学

今日から始める瞑想 心の自己治癒力を引き出す

さて、今日は突然ですが(先週辺りTwitterでちょこっとだけ触れたけど)、瞑想についてお話したいと思うのです。

というのも、先日、とある人に自分が瞑想していることをちょこっとだけ言ったら、アヤシイとか宗教じみているとか、瞑想の必要性を理解していないような発言をしてくれたので、非常に私はショックを受けたのです。
とりわけ、戦後の日本ではSpiritualityという言葉・概念が(日本語の"霊性"という言葉にすると特に)極端に排斥される傾向にあるように思うのです。(それが非科学的だという馬鹿げた意見については、以前ここに書いたので割愛します。)そこで瞑想がいかなるものであるか、どれだけ必要なことであるか、そして瞑想の実際について書いていきたいと思うのです。

瞑想とは何か。4つの側面

まず瞑想とは何か。頭の中を空っぽにして、何も考えず、すべてあるがままの状態を受け入れます。思考を止めて、頭の中を、波の立たない水面のような状態にするのです。
簡単でしょう? 瞑想という言葉が壁を作っているのなら、黙想と言い換えても良いでしょう。
私は主に瞑想には4つの効果があると実感しています。
1,頭の中を整理する。
私の経験からすると、頭の中がごちゃごちゃしてまとまらないときや、なにか一つのものごとに集中できないとき、瞑想することで集中を取り戻すことができます。落ち着かず眠れない時や、緊張しているときにも瞑想が効果的です。
2,心のトレーニング。
雑念を払いのけ、頭を無にすることは、普段の生活の中でも、例えば、なにか気になることがあって仕事や勉強に集中できないなどという状況に対する心のトレーニングとして作用します。
3,身体のリラックス。
疲れた身体にたいして、疲れを取り除いてくれます。というのは、ストレスが身体に負担を掛けて、無意識に緊張させているからです。肩や首のコリ、そこからくる頭痛などに対しても効果があるように思います。
4,心の補修。
苛立つ心、寂しさや哀しみにたいして、瞑想は平穏を取り戻す手段として使えます。全てをあるがままに受け入れること。ストレスの発散にもなります。


なぜ瞑想が必要か

言うまでもなくストレス社会です。というか私たちはストレスの少ない時代というのを経験してきてはいない。でも学校や職場、世界はあまりに効率主義です。人が感じる精神的なストレスはたぶん人間の歴史の中でもかつてないほど大きいものになっているでしょう。肉体的なストレスもそうです。
一方でストレスを受けた心や体を支えるものはどうでしょう? ストレスの量に比例して増えていたら良いのですが、残念ながら現代人にとっての心の支えは少なく、脆弱なものになってきています。
アメリカと日本ではカウンセリングの受け入れられ方が違うとよく言います。アメリカでは日常的に、特に悩むことがなくてもカウンセラーに会いに行ったりするものですが、日本では心が深く病んだと実感してからようやく行く最後の砦です。これは非常に危険なんですね。普段から心のケアをしておけば深く病むことは少ないし、逆にどうしようもなくなって人に打ち明けるというのは手遅れになりかねない状況なんです。
そして日本には宗教もありません。いや、ありますが、毎週教会に行ったりとか、一日に5回聖地に向かって礼をしたりとか、そんなことはまずないし、神棚や仏壇さえ置かない家が増えています。簡単に言うと心のよりどころが少ないんですね。
そこにでてきた新しい心のよりどころっていうのが、TwitterやSNSだと認識しています。手軽に発信でき、発散できる。ただそれは根本的な解決にはなっていないし、癒されてもいないし、頭の中の雑念は残ったままです。それどころか、TwitterやSNSが新しい煩悩を生んでいるのも事実です。コメントがつかない、つけなきゃいけない、上司から友達申請が来た……
マルクスは「宗教は民衆の阿片である」と言ったけど、私に言わせればTwitterやFacebookの方がよっぽど麻薬に近い。Twitterは民衆の阿片であると思いきっていってしまおうか。
オンラインの世界で発散するのは気持ちいいかもしれないが、自分の中に答えを見つける術が瞑想です。瞑想でも解決しきれない問題は、カウンセラーなり、お坊さんなり神父さんなりに相談するのがいいのではないでしょうか。


瞑想の実際

さて、瞑想には、大きく分けて三つの種類があります。
1,慈悲の瞑想
2,サマタ瞑想
3,ヴィパッサナー瞑想
私が普段から実践しているのがサマタ瞑想です。その解説の前に、簡単に慈悲の瞑想とヴィパッサナー瞑想について説明します。

慈悲の瞑想
これは、言葉を唱える瞑想法です。自己暗示に近いのですが、この場合言葉が自分の思考となり、思考が現実を生むという暗示を利用しています。
唱える言葉は、日本テーラワーダ仏教教会のウェブサイトに載っていますので参考にしてください。
「自分と、生きとし生けるものの幸福を願う」という価値観のある瞑想法です。

ヴィパッサナー瞑想
これは難しいのですが、自分の五感、感情、動作、呼吸などを観察する瞑想法です。呼吸しているときに、息が入った、出た、ということを観察します。
すこしレベルを上げると、指が痛い→自分は指の痛みを感じている 自分は怒っている、と自分の思考や感情や動作を観察します、
さらにレベルが上がると、普段の動作、掃除でも洗濯でも、その行動を全て認識して観察します。
それいによって集中力を高め、物事をありのままに把握する力が上がります。

サマタ瞑想
さて、私が普段やっているサマタ瞑想を説明します。これは呼吸の数を数える瞑想法です。
というのも、雑念を払うといっても、いざ「考えちゃダメだ・・・・」と思っても難しいんですよね。考えるなっていうことを考えてしまう。なぜ考えるんだ?考えるってなんだ?とか考えてしまったり・・・・・・。
そこで数を数えることで、それ以外の雑念を排除し、頭を空っぽにします。
それ以前に、あれこれ考えてしまうことが心には負担を掛けているということを認識しなければなりません。では、はじめてみましょう。
まず、最初は落ち着ける場所を選ぶことです。自分の部屋などがいいでしょう。慣れてくれば電車の中などでもできます。
音楽を掛けたり、お香やアロマキャンドルを焚く人もいますが、自分のやりやすい環境で。私は音も香りも断ちます。好みでしょう。
姿勢は、自由にしてください。ただなるべく良い姿勢にして、呼吸を楽にしてください。結跏趺坐、半跏趺坐などもいいですが、椅子でもいいし、背もたれに寄りかかっても構いません。かたちより心の持ちようです。
半眼がいいとされていますが、私は閉眼でやっています。これも好みでしょう。閉眼だと寝てしまうなら半眼で。
腹式呼吸で、大きく呼吸しましょう。呼吸法も楽なやり方で。私は、下を上の歯茎に軽く当て、鼻から吸って、一旦止めてから口から出す、(吹くときは吸うときの倍の時間)というヨガの呼吸法を使っています。
吸って、吐くときに「1」、また吸って、吐くときに「2」・・・・。雑念がわいてきて数えることに集中できなくなったら、また「1」からやり直せば良いだけです。
そして、時間ですが、私は朝と夜に約15分、あるいはもっと長くやっていますが、
1分の瞑想を一日に何回もやるというのもいいのです。自分のライフスタイルに合わせて、無理なくやりましょう。
どうしても集中できなければ、やめて構いません。それは失敗ではありません。
ただ、人間はどうしても都合の良い方に解釈してしまいます。だんだん雑念が増えて集中するのが面倒になってくると、「もう十分やった」と思ってしまうこともあるのですが、それを乗り越えて続けることも時には必要です。

風邪を引いたら、身体が戦ってウィルスをやっつけてくれます。同様に、心にも自己治癒力があります。それを高めるのが瞑想なのです。
一つだけ注意点ですが、瞑想は確かにリラックスでき、疲れもとれます。ただし睡眠に代わるものではありませんので、睡眠はいつも通り十分に取ってください。
無理せず、のびのびと。お酒は控えめに。野菜中心のバランスの良い食事を。十分な睡眠と運動を。そして瞑想で、あなたも健康になれます。
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# by s-a-udade | 2012-05-20 23:10 | 東洋医学

池澤夏樹『氷山の南』を読んで思ったことなど

この本を手に入れたのは成田空港で、二週間のウズベキスタン旅行の最中に4回か5回は読んだ。いやそれ以上かな。

物語は一貫して文明批評、流動化した世界に対して、文明の終末の到来を予告するという『楽しい終末』以降作者が続けてた警告。
それを架空の新興宗教「アイシズム」を通して文明の病みを見るという内容。
南極の氷山を曳航して水資源として利用するプロジェクト、そこに密航した少年ジンと周囲の人物。
内容を語るためのブログではないので早速感想に行こう。

(私にとって)印象的だったシーンをいくつか。
まずは冒頭の部分。ジンが密航を自白し、船長達のもとに出たところ、ジンの台詞。
「ゲームがなぜつまらないか?閉鎖系の中での応答に過ぎないからです。全部人間が作ったシステムの中での冒険ごっこ。いわば右手と左手が争うような、延々と遠回りしても結局は元のところに戻るしかないような、不毛な営みです。」「全部が徒労。高校を出て、大学を出て、安定した生活を得て……そういうことぜんぶがゲームでありファンタジーであるようにぼくは思えた。だからそっちには行くまいと決めた。(中略)自分のこれからの人生を大事にしたいと思っています。だから不毛な方向へは足を踏み出したくない。ぼくの閉塞感を打ち破る方向があるはずで、できるならばそれは人間みんなの、この時代この惑星で暮らすみんなの閉塞感を打ち破るものにつながってほしい」
これは私が高校の頃に漠然と考えていたことと一緒で(もちろんこんなに明確にかつ論理的に考えていたわけではないが)、だから大学には進むまいと決めたし、そのあと高校にも行かなくなってしまった。それを後悔はしていないし、今でも間違ったことだとは思っていない。
社会の歯車なんていう悲観的な言い方もあるが、そうではなくて歯車をもって動いている社会そのものがどうも僕には不毛なことに思えた。その中で生きたとしても得られる物は限りなく少ないし、生きる事の本質に全く関係のないことに人生を費やすことが私には耐えかねるだろうと考えた。
賢治は言った。「諸君はこの時代に強いられ率いられて/奴隷のように忍従することを欲するか」「新たな時代のマルクスよ/これらの盲目な衝動から動く世界を/素晴らしく美しい構成に変えよ」
そんなことを考えているときに出会ったのが東洋医学の世界だった。伝統というのは古いもののように思われるけれども、実はその中に無限の可能性があるのではないか、と思ったのだ。
日本に鍼灸術が渡って1500年、その中で日本では独自に鍼管という管を使った刺針技術、細い鍼、腹診などが生まれ発達した。伝統とは常に時代と環境の中で流動的であり、それらに合わせて変化され、新しい物が生まれては淘汰され、本当に価値のある物が残っていく。自分が百年後、千年後の伝統を作らなければ伝統の中にいるとは言えない、と思ったのだ。そっちの方にこそ、自分の可能性を開花される場があると。

もうひとつ。
ジンが友人ジムに呼ばれ、アボリジニの土地に行き、伝統音楽を聴いた後のジムの言葉。
「もう本気ってことはないんだ。だってみんな昔とは生き方が違うから。もちろん、ぜんぶが変わったのはこの大陸にイギリス人が来たからだ。簡単に言えば彼らはぼくたちアボリジニを軽蔑し、邪魔にし、隅に追いやり、殺した。文化を奪った。最近になってようやく少し認めるようになった。それは自分たちの生きかたが行き詰まったからだ。だけど彼らに学べるものなんて何もない。ぼくたちだって忘れかけているんだから。」「ある人が言った、白人たちがアボリジニを馬鹿にするのは、私たちが農夫じゃないからだって。(中略)だけど私たちはまずもって踊るものだ。(中略)でも、ぼくたちなんか踊る力もなくなってしまった。みんな本物じゃないんだ。」
私がウズベキスタンで驚いたのは、とにかく建築、美術、工芸のレベルが高いが、それが広く民衆の生活圏のレベルで浸透していること。
たとえばスザニという伝統工芸の壁掛け(刺繍)があり嫁入りの際に親族が手で刺繍して新しい家庭にわたすのだという。その模様の洗練されたさまと言ったら、本当に息を呑むようなもの。それが何百年も受け継がれていて、今なお発達し続けていて、それがどんな家庭にもあるというのが驚きだった。スザニはただ一つの例にすぎない。私はここに、伝統や文化のあるべき姿を見た気がしたのだ。

三つ目。ジンがアイシズムの聖地に偶然たどり着いたとき。
祈れない。みんなこんななんだろうか? たまたま自分の心が静かにならないというだけでなく、自分を離れて何かに向かって思いを投射することができない。絶対の存在に身を委ねることができない。
祈りって、勝手な思いや願いを神様に押しつけることじゃないだろう。この宝くじが当たりますようにって、そんなんじゃないだろう。自分なんか小さくて、向こうの方にずっと大きな誰かがいて、だから自分の心はいわば一時停止して向こうの大きな心に合流する。
信じるってそういうことだ。

先日、ニュースを漁っていたらこんな記事を見つけた。
血塗られたキリスト教徒狩りが始まった
21世紀に入って、時代が変わってしまった、と感じたのは、前の世紀の戦争はせいぜいイデオロギーの対立か権利のための争いに過ぎなかったけど、今世紀の戦争は正義と正義が殺し合う。
去年アウシュヴィッツを見学した際、説明を受けたのは大量殺人という行為が合理的、機械的に行われていることだった。つまり殺人をしたい側は、そのシステムを考えるだけで、あとは政治をやる人間も、収容所の人間も血の臭いも肉の切れる感覚も感じることがなく人が死んでいくシステム。そこには迫害を受ける側に仕事を丸投げし、代わりに僅かでも力と希望を持たせることで労働に対する意欲と競争心を植え付けることができ、かつまたナチス側の人間が誰一人として現場を見ずに済むという完璧な合理化がされていた。
ナチスは優生保護に似た、劣等民族を排除し優秀な民族で国家を再構成するという理念の元に行われていたために敗戦と同時に強制収容所はなくなったが、今世紀、正義と正義が殺し合う世の中では終わりが見えない。血を洗うのは血でしかない。

さらに読み進めていくと、今までこのブログで書いてきたこと、書きたかったこと、書ききれなかったことが端的にまとまっていた。
「もともとは人のやりたい放題なんてそんなに大したことではありませんでした。畑で麦を作っている誠実な農夫にとって、やりたい放題はせいぜい収穫の後のお祭り騒ぎくらいのもの。(中略)でも、今はもっと大きな、破壊的なやりたい放題がある。それは社会が流動化したからです。農夫が自分の畑にいるかぎり社会は安定していた。しかし彼が畑を捨てて町に出ると話が変わってきます。町は誘惑の場だから。」「近代になって流動化はますます進み、人はますます不幸になりました。金銭・通貨・資本、それはお金というとんでもなく流動的なものが人間を支配するようになったから。(中略)もともとお金はモノとモノの交換を滑らかにするために発明されました。それが育ちすぎて、召使いのくせに主人顔をして、モノを押しのけて自分たち同士を交換するようになった」
「文明の規模を大きくしすぎたからでしょう。だいたいものを運びすぎるのよ。その土地の範囲でまかなえばいいのに、遠くのものをたくさん運びすぎる」「石油を使い尽くしたら次はなんですか? 自然からどんどん遠くなって、その分だけ危なっかしくなる。だから、文明ぜんたいをもう少し冷却した方がいい。そのためには個人が心を冷やすこと。静かな生活の中に静かな喜びを見出す。」

私が短歌を詠んだり、写真をスナップばかり撮るのはたぶん、日常の小さな心の動きに幸福を見つけることができるからなんだな。大きな幸福を追い求めなくても。
まぁ私個人の幸福はどうでもよくて、話を宗教の方に戻そう。生きる事は理不尽だ。たぶん。そこに信仰がなければ。 でもそれが変わってしまった背景には、この飽食の時代があると思う。なんでも手に入る。何一つ不自由しない生活。手を伸ばせば求めるものはだいたい手に入って、いや手を伸ばさなくても頼めばなんでも手元まで持ってきてくれる。むしろ手に入らないものの方が不快だという逆転現象。そのとき、理不尽を乗り越えためだった宗教の意味も変わってくるのだろう。それはつまり、エゴの反映ということ。
挫折はなにもないのに、生まれ持った信仰、場所のために苦しむ。だけど正義は一つだけ、自分の信仰だ。そのためには自分を排除するものをむしろ排除しようとする動きに出るのではないかな。これは推測にすぎないけれど。
こんなに社会が流動化していなければ正義のために死ぬ人も少ないだろう。
なんのための発展なんだ?そこに希望があるのか?それが人を幸せにしたのか?豊かにはなった、それが幸せとは全然違うことだった。私たちはいま、生きる事とはぜんぜん関係のない目の前の「仕事」に追われ、ただ生きているだけ、消化試合のような毎日を送っているのではないか。
そしてその結果に、人間は人間が発見したものの大きさに怯えるようになってしまった。交換を円滑にするための社会・貨幣は貧困や飢餓を生んだ。エネルギーは原爆やミサイルを生んだ。人間が制御しきれない原子力のエネルギーのために人が苦しんでいる。福島で。
それでも文明にどれだけの意味があったというのだ?豊かになったと開き直っている場合か?

私は無限の可能性を秘めた東洋の知恵の結晶に希望を持っている。
私の希望はどうでもいいかもしれないが、だとしてもひとりひとりがエコで、持続可能な希望を見つけるべき時が来ていると私は思う。
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# by s-a-udade | 2012-04-27 01:06 |

私にとっての東洋医学 気の思想

私が鍼灸を勉強しているのは、このブログの読者の方にはたぶんご存じの事と思います。
いずれは東洋医学について、知識のない人でも、どんなものなのかを理解できるような記事を書いてみたいなーと思っていたのですが、なかなか書き出せなかったのです。
というのも、東洋医学について解説した書籍やホームページはごまんとあって、それらは私の文章よりもずっとわかりやすく面白いからです。私がわざわざその中に乗り込んでいっても居場所がほとんどないのは明らかなのですね。

でも、自分が東洋医学をやっている以上は、ブログの読者のみなさん、要するに友達のみんなに少しでも東洋医学を分かって欲しいなって思っていて、書かずにはいられない。そこで考えたら、教科書的な東洋医学の解説ではなくて、自分にとっての東洋医学の見方を書いたらいいんだ、という結論に至ったのです。

ここに書くのは東洋医学の常識的な考え方ではないかもしれません。異論反論あるかと思います。偏った考え方かもしれないということをご承知の上、読んでいただければ幸いです。


そんなわけで、第一回は「気」について書こうと思います。

気。
こんにち、気というとなんだかアヤシイイメージがつきまといます。
なぜでしょう。
それはね、実体として「気」を捕らえようとするからだと思うのです。
気なんてあるわけないじゃん。そういったら終わり。
「気なんてあるわけない」確かにそうなんだよ。それは目に見える形では存在しないし、写真にもレントゲンにもサーモグラフィーにも写らない。
じゃあ気は存在しないかって、私はそうは思わないんだ。
「気は実体ではない」と思うから。
気はエネルギーです。身体を動かすエネルギーであり、身体を衛る為のエネルギーであり。それは機能を総称したものであって、実体ではないんだなぁ。
だから、無理矢理にでも「気」を現代医学的に解明しようというなら、一部は酸素の働き、一部は赤血球の働き、一部はリンパ球の働き、一部はミトコンドリアの働き……。とキリがなくなってしまうはずです。注目すべきは、「酸素」ではなく、「酸素の”働き”」と書いた点です。気は実体ではなくて機能の総称、あるいは概念であると私は考えています。(それは東洋医学的な臓器の働きが実体ではなく機能を指していることから。その話は別の回にしましょう)
教科書的には、気は先天の気と後天の気に大きく分類され、その中に宗気、栄気、衛気、精気、穀氣などがあり、それぞれに定義があるのです。ここでは主題からそれてしまうので、気になる方は自分で調べてください。
だから決して、気というのは非科学的でアヤシイものではないのです。


話は少し変わりますが、実は鍼灸術というのは世界中に存在したという説があります。

1991年、ヨーロッパ・アルプスの氷河から発見された5200年前の男性の遺体「アイスマン」の腰、右膝、距骨關節、ふくらはぎなどには入れ墨の跡があった。
1947年、南シベリアのアルタイ山中、パジリク古墳から発掘された男性のミイラにも同様の箇所に入れ墨がみられた。
それらが針治療の跡であると推定されたことから、新石器時代にはヨーロッパからシベリアに掛けての広い大陸で、素朴な針治療が行われていたという仮説が浮上。
詳しい話は省略しますが、それがなぜ中国でだけ発達したかを考えると、針治療が気の思想と結びついたからだと考えることができます。
本当にざっくり言えば、経験的に集積された情報を説明するのに気という考え方が最も適していたから。針治療による効果を気によって説明することが出来て、気という概念を使って針治療を発達させることができた。そこにさらに東洋的な思想、陰陽、五行論などが乗っかってきて中国医学ができたと考えることができるのです。(あくまで簡単な説明です。実際は計り知れないほど複雑な過程があったのでしょう。)
気は抽象的な概念であるけれど、それは一つの哲学にもなりうるものです。

五臓六腑という言葉がありますね。
私たちは六臓六腑と考えることが多いのです。
人体には、六臓六腑に対応した気の流れが12本走っています。それを「経絡」といいます。経絡の上に「経穴」があります。経穴とはいわゆる「ツボ」のことです。(その辺の詳しい話もいずれ書きましょう)
ここで言いたいのは、気の流れに実体があるわけではないのです。あくまで経験の蓄積から帰納法的に見出されていったのが経絡だということです。経絡を解剖によって証明しようとした動きもありましたが(北朝鮮のキム・ボンハン学説)無意味なことです。
少し誤解を恐れない言い方をすれば、気も経絡もフィクションです。
現代医学では解明されていない様々な生命現象を説明する、そのための理論が気であり経絡であり、陰陽論や五行論であるのです。

少しは気について分かっていただけたかな。次回はこれをもとに五臓六腑について書こうかなと思います。

参考文献『日本鍼灸へのまなざし』松田博公 緑書房 および松田博公先生の授業資料より。
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# by s-a-udade | 2012-04-21 00:24 | 東洋医学

生きているうちに死について語ろう。

なんとなく、死について話すのがよろしくない、みたいな風潮があるように思う。
例えば旅行の前なんかに、「もし生きて帰れなかったら」と言ったり、病気したときに「このまま死んだら」と言ったら、「縁起でもない」みたいな言い方をされてしまったり。
でもさ、それで死ぬって事は十分にありうるじゃない?死んだらどうするのよ。って思うんだよね。死ぬ前に死にちゃんと向き合って考え、人と意見を交換することで死に面して後悔の少ないように死ねると思うのだけど。
でも明日死ぬかもしれないじゃない、にんげん。
だから、毎日の生活の中で、人と関わっていく中で、死というものを遠ざけずに自分の現在の問題として考えることが必要なのではないかな。
どう死ぬかっていうことはどう生きるかっていうことの重要な一部だと思うんだよね。それから目を背けては生について考えられないと思うし、
明日にでも来るかもしれない死を考えることで、一日一日を大切に生きて充実されることができるんじゃないかと思っているんだ。
死について語ることがされていないから、死を考えると陰々滅々としてくるのだと思うし、もっと生きてるあいだにこうしてあげたらよかったなんて後悔も少しは減ると思うんだ。話せば生きる事が見えてくる。

私の個人としては、長く生きる事が幸せだとは思っていなくて、毎日、一日をおろそかにせずに充実させることが幸せに死を迎えるまで生きる事をつくるのではないかと思っているんだ。だから明日死んでも後悔がないように生きるのだ。

死について語ろう。友達でも恋人でも家族でもね。自分の死は自分でしか責任取れないもの。
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# by s-a-udade | 2012-03-25 00:39 | 日常